修士課程に入ったばかりの時分、ラテンアメリカ政治の勉強をしていたところ、アルゼンチンのある時期の政治状況のことを指して"impossible game"といった学者がいて、うまいこというなあと感心したことを覚えている。なにが"impossible game"なのかというと、当時アルゼンチンの主要政党の一つを軍部が完全に嫌悪していて、でもその政党は人気があったので民主的な選挙をやるとそこが勝っちゃうんだけど、そうすると軍がクーデターをやって政権を奪取する。だから民主主義が続かない。インポッシブル・ゲーム。なるほどなー、人生にも多くのインポッシブル・ゲームがあるな、とくだらないことを思ったのだった。しかしそれでもアルゼンチンは民主化しましたからね!!
このインポッシブル説の学者がものすごく有名ですごい人だったと知ったのは、これより幾分か後のことだったのだが、とにかくすごい人だった。アルゼンチン人の彼は、なぜアルゼンチンで民主主義が続かないかを考え、なぜアルゼンチンで長期軍政が誕生したかを考え、その後にはなぜいわゆる民主化の第三の波が起こったかを考え、さらにはなぜ新興民主主義の質が悪いかを考え、最終的にはより実践的にどうすれば民主主義がよりよくなるかを考えた。政治学の理論面でもその貢献は大きく、ラテンアメリカ専門の者以外でも、政治学をやる人で彼の名前を知らない人はいない。実はこの人、昨年の冬に亡くなってしまったのだけど、生身の人間としての彼はいったいどんなことを考えながら研究をしていたのだろうととても気になっている。絵や音楽を理解するのに、画家や音楽家の思想やその人生を知ることが必要であるように、ある研究を理解するには学者について知ることが必要である気がする。逆にいえば、その学者について知ることで理解が深まるような研究は、本質的に素敵だ。博論が終わったら取り組んでみたいテーマです。
0 件のコメント:
コメントを投稿