不思議なことに今思い返してみても、記憶のカケラしか見当たらない。あれだけ衝撃的な出来事に直面すると人は、断片的な映像の束としてしか物事を記憶できないのかもしれない。
私と赤子のお産は、前日の水曜日から始まった。この日は39週健診。これまでに8回ほどドクトルの健診を受けたが、実はこのドクトルのことをいまいち信用しきれていなかった。というのも、異国にいるとついつい日本の「常識」と比べてしまい、エコーも尿検査もない「ほったらかし」健診にずっと不満を感じていたからだ。ところが、この日はなんだか違うものを感じた。内診の結果、赤子は完全に骨盤まで下りてきているとのこと。早ければ明日、おそらく金曜日にはお産になる。そう言い切り、入院のための書類を準備するドクトル。別れ際には、いつもは握手だけの挨拶なのに、親しい相手にするように、私を抱き寄せて頬にキスの挨拶をしてくれた。その瞬間不思議なことに、この人を100%信頼しようという気になった。
そうして心も体も準備が整ったのかもしれない。翌朝木曜日の4時ころ、陣痛が始まった。びっくりするほどの痛みなのに、なぜかわくわくどきどきの消えない痛み。もうすぐ赤子に会える!
無痛分娩とは迷惑な名称だ。子宮口7センチ開大までは陣痛に耐えるし、生まれるときにはものすごい痛みといきみたさも経験する。個人的には麻酔を打ってよかったと思う。ただでさえ進行の早かったお産が、麻酔でリラックスすることでさらに早まり、陣痛開始から7時間で生まれた。知らなかった麻酔の副作用としては、血圧が下がって吐き気がすることと、寒くもないのに震えが止まらないこと。これには困った。背中に麻酔を打たれるとき、ひざをおなかに抱えてぎゅーっと体を丸くする。ちょうどお腹の赤子と同じだ。なるほど、たしかになんだか安心するね。私も生まれたときの姿勢に返る。
いきんでいいと言われてから、3回目のいきみで赤子はこの世界にやってきた。横についていてくれた明るいドクトーラ(女医さん)から「いきむのとっても上手よ!その調子!」とほめられ、励まされる。間違いなくすべての産婦さんを同じようにほめているのだと思う。こんなときでさえ、ほめられると嬉しいし、頑張ろうって気になるから。
はじめて赤子を見たのは、私のドクトルが生まれ落ちた彼を取り上げて横に待機していた小児科医に渡したとき。私が丸まっていたのの比でないくらい、真剣に体をぎゅっと丸くしていた。「ばってらみたい」、というのが正直な第一印象。
産婦人科医の役目は赤子を取り上げるところまで。そこからは小児科医にバトンを渡し、産婦人科医は胎盤を取り出したり子宮を綺麗にしたりの作業に入る。あくまで患者は私。一方小児科医は、慣れた手つきで赤子の健康を確認していく。赤子は彼の真新しい患者さん。この完全なる分業体制は、非常に気持ちがいいと思った。
分娩から6時間後、部屋に連れてこられた赤子を腕に抱き、駆けつけてくれた友人とつぶやく。「今日は文字通り、この子のバースデーだね」。「誕生日」という言葉がこれほど胸に響いた日はないだろう。生まれてきてくれてありがとう、ただそれだけだよという気持ち。
こうして、新しい日々が始まった。
出産を知らせたイスラエルの先輩パパ、Oriからのメッセージ:
"Be strong and happy. (You will be very tired anyway.)"
その通りだと思う!




