6.26.2012

メキシコ総選挙を楽しむための小話

ついにメキシコ総選挙がこの日曜日に迫って参りました。総選挙といっても日本の解散総選挙の比ではなく、大統領選・上下両院選・メキシコ市長選・メキシコ市議会選・区長選・区議会選を全部やります(各州もほぼ同様)。現地では当然お祭り騒ぎですが、メキシコ在外研究中のアジ研・星野先生によれば、「日本の新聞を調べてみたけど、メキシコの選挙に触れてるのは『赤旗』くらいだった」とのことで、日本ではまったく注目されていません。逆に赤旗偉くないか?というお話をしていたところです。

そこで本日は、日本ではまったく注目されていないメキシコ選挙を楽しむためのトリビア情報として、メキシコの政党と色について書きたいと思います。すなわち、以下まったく役に立たない情報です。

現在のメキシコは、三大政党制といわれています。アメリカは民主党と共和党の二大政党制ですが、メキシコは議会にある程度以上の議席を有し、大統領選で有意な競合を行なうことのできる大きな政党が3つあるのです。

(1)PRI(ぷり)・・・赤
(2)PAN(ぱん)・・・青
(3)PRD(ぺーえれでー)・・・黄色

これらに加えて中小政党が複数ありますが、主要なものは以下の3つです。

(4)PVEM(ぱるてぃど・べるで)・・・緑
(5)PT(ぺーてー)・・・赤+黄色
(6)NUEVA ALIANZA(ぬえば・ありあんさ)・・・水色

以上にあげたように、各党がそれぞれの党カラーをもっています。これって日本の政党にはあまりないですよね。先日「メキシコ労働総同盟」というものものしい名を冠する労組に行ったのですが、この労組は伝統的にPRI系で、ゆえにそのシンボル・カラーは赤です。組合員のおばちゃんと選挙の話をしていたところ、 "Somos rojos." (We are red.) という言い方で、PRIに勝ってほしいと言っていました。

ちなみに日本の政党は何色なのかと訊かれたのですが、うーん、あえて言えば自民が白で民主が赤のイメージかなあ・・・、でもどこも灰色?あまり色とかないです、と答えたところ、じゃあ大統領選ではどうするのかとの質問。日本は大統領制(presidencialism)ではなく議院内閣制(parliamentalism)です、と一応言ってみましたが、予想通りおばちゃんは議院内閣制なんて単語を耳にしたこと自体初めてだったらしく、おおいに衝撃を受けていました。「ということは、日本には民主主義はないと、理解していいのかしら」とのこと。ある意味深い問いかけですね。ちなみにラテンアメリカはほとんど大統領制または半大統領制(首相もいる)です。

We are red. なんて表現を聞いていると(アメリカの二党も赤と青ですが)、こういうわかりやすくて身につけやすいレッテルって、政党への帰属意識を増すような気がします。いいことなのかどうなのかはまた別問題ですが。

「ぱるてぃど・べるで」というのはすなわち緑の党なのですが、メキシコの緑の党はまったく環境問題と関係のないことばかり言っている恥ずべき政党として知られています。主な公約として「誘拐犯には無期懲役を」が有名ですが、あまり環境とは関係ないですね!

ついでに、「ぬえば・ありあんさ」は驚くべきことに教員労組の傀儡政党です。メキシコの教員労組は正式な組合員だけで少なくとも100万人を有し、単独労組としてメキシコのみならずラテンアメリカ全体でもダントツ最大で、ものすごぉく強くて恐れられています。教員なんてメキシコ全国に400万くらいいますし、教員に勝る動員を行なえる労組は他にないのです。まあそれで、いろいろあって数年前に自前の政党を作ったのですが、大統領選にも候補者出しててすごいんですよ〜。その金はどこから来るのかという。

で、彼らの選挙キャンペーン広告に、なぜかイメージキャラクターとしてガンディーが採用されているのですが、あまりの関係のなさにびっくりしすぎて爽やかな感動すら覚えました。これって法律的にはいいのだろうか。勝手に(関係ない)有名人の写真使ったりして。

さて、メキシコの政党に無駄に詳しくなっていただいたところで、日曜日の選挙戦にご期待くださいね〜。



幸せの白いタオル

先日友人が日本のおみやげに、職人さん謹製のタオルをくれました。ふわふわであたたかくてまっしろなタオルです。これで濡れた顔を包み込むように拭くと、ほのかに幸せな気持ちになりますが、それは私が毎日の生活の中で感じるに適切だと思っている幸せの大きさにちょうど合致するもので、そのことによってまた少し嬉しくなります。ささやかに水面に波紋を浮き立たせるくらいの、そのくらいの心の動きの範囲内にありたいものです。

関係ないけど、幸せの黄色いハンカチは、観たことがない。


6.23.2012

政策にも思想が必要である

今朝車の中でラジオを聞いていると、ウルグアイのホセ・ムヒカ大統領が、マリファナを合法化する法案を議会に提出したというニュースが流れてきた。なんでも、合法化した上でマリファナ税をかけて、税収を麻薬中毒者のリハビリ福祉に充当するらしい。ホセ・ムヒカ、拡大戦線左派政権である。ラテンアメリカの左派政権は、こういうこともやるのである。今は21世紀だけど、戦線とかも全然いうのである。

ニュースを語るおじさんレポーターは、ホセ・ムヒカはホセ・モヒーカと紛らわしいが、まったくの別人なので間違えないようにという点を、熱心に主張していた。後者はメキシコの昔の歌手らしく、「私と同じ世代の方なら、○○や××など思い出の曲を必ずや二三口ずさめるはずです」とか、おじさんはニュースと本質的に関係のない発言に2、3分を費やしていた。だいたい毎日彼のニュースは脇道に逸れる。

話を戻すと、メキシコでもこれまでにマリファナ合法化論議は散発的にあったのだけど、今のところ具体的に法案とかまでは行っていません。これってけっこう難しい問題ですよね。違法の現在でも、はっきりいってこのメキシコシティで意思さえあればマリファナなど簡単に手に入る。だったら合法化してコントロールした方がいいのではないかという話なのですが、第一に、だとすれば、米国で合法化してもらわないと意味がなさそうです。第二に、昔はマリファナが主流だったメキシコの麻薬産業も、昨今はやはりもっとケミカルなものが大半らしいので、残念ながらマリファナを合法化したところで麻薬をめぐる暴力が根絶されるとは思えない。

麻薬って、どうしたってゼロにまで根絶されることはほぼないだろうから、どう付き合っていくか、どう暴力や腐敗を抑えていくかという話になりますよね。この点ムヒカ大統領の提案は面白いかもしれない。マリファナ税で中毒者をリハビリするなんて、エッシャーのどこにも着かない階段みたいで素敵だ。でも結局「付き合っていく」というのはそういうことなのではないかと思うんですよね。抜本的に解決しようとしたメキシコの現政権は、確実に麻薬関連の暴力を悪化させました。そもそも抜本的に解決なんてしようのないものを、そうしようとしたことが間違いだったのではないかと。ウルグアイは小国だからできるようなとこあるのでしょうけど、ムヒカ大統領については以前から一目置いている私です。

6.20.2012

食べることについて反省をする

「寝食を忘れて没頭する」といいますが、私はどんなときでも「寝」を忘れたことはありませんが、「食」についてはおおいにおろそかにしてきた気がします。朝からハクロンを書いてて気がついたら夜の8時で、よく考えたら一日まともなものを食べてないことに思いあたり、慌ててとりあえず米を炊く、ということがわりとあります。明らかに「食べるために働く」といった心意気からはほど遠く、逆に「働くために食べてる」とすらいえない、むしろ労働の後払いというか、これじゃ倒れると思ってなんか食べる、といった感じです。まったくよくないことです。文化的でもない。

もっとていねいな生活の仕方に憧れるのですが、ハマるともくもくもくもくとそればっかりやる性格についてはだいぶ諦めてもいます。そんな私でもたまに食べたくなるのが、いわゆる「おにくやさんの豚ロースの味噌漬け」なのですが、当然メキシコの肉屋にはそんな味噌漬けは売っていません。しかし、時間に十分ゆとりをもって漬け込む、なんて技は私にはできないので、即席で息子を幼稚園に迎えにいく直前に、ジップロックに豚肉・しょうゆ・みそ・にんにくを入れてもみ込み、帰宅してからフライパンで焼きます。これがけっこう美味しいのですよ〜。みそおおめで。

一度だけ、息子のこどもの日特別弁当(その日は彼の好きなものをたくさん入れてくださいとのお達しがあった)のからあげの鶏モモを前の晩から漬け込んだのですが、これがちょっとびっくりするほど美味しくて、「前の晩から」の底力に恐れ入った次第でした。

ほんとはいつもそういうことのできるママを目指したいのですけどねぇ。ささっとねぇ。でも、あまり小さなことを気にしない息子は、おいしいからあげもそこそこのからあげも美味しいね〜といって食べてくれるいいやつです。


6.16.2012

すべての短所は長所と看做すことも可能である


いつも息子に「ママ、またまちがえたっしょー」とか「ママ、またわすれたっしょー」とかしかられてばかりの私ですが、「ごめんね〜」と謝ると、"No importa, Mami" と最近オトナなこたえが返ってきます。

"no importa" を英語にそのまま訳せば "it doesn't matter" あたりになりそうですが、もう少しニュアンスを伝えるならば、"don't worry, it's not a big deal" といったところでしょうか。日本語でいうならば、「たいしたことじゃない、気にしないで」という感じですね。例えば、スーパーで息子が走り回っていて、居合わせたセニョーラにぶつかったとき、ママが「すみません」と謝ると、(こどもは元気が一番よ的な微笑みを浮かべながら)"no importa" という言葉が返ってくるといった具合です。

息子は最近、この「の・いんぽるた」を頻用します。誰かに対してだけでなく、ころんでズボンが汚れちゃったときなんかも、自分に向かって "no importa" と言ってます。ちょっと遅れようが、ちょっとはみ出そうが、の・いんぽるた。完全にメキシコ人です!
自分にも他人にも甘いですからね〜。

写真はいわゆる「ボチート」、VW社のビートルですが、青くてぴかぴかでかわいかったので写真を撮ってしまいました。メキシコシティはこのボチートで溢れているので、普段たいして注意を惹きもしないのですが、この青いボチートが東京を走っていたらきっとかなりかわいいであろう。
何事も、文脈ですね。


6.15.2012

メキシコドライバーからの余計なお世話 with love from me to you

また穴にはまってしまいました…。
道路に突如ぽっかり口をあけたあの悪魔に、
まんまと足を取られてしまいました。

こんなの昨日はなかったじゃん! といってももう遅いのです。自然の構想力は偉大で、雨は当然地面をも穿つのです。だいたい、雨が降っても道路に支障があるはずはないと思っている日本国民の方が、奇妙な考えに捕われているともいえます。雨にカッパドキアを塑造することが可能だったのであれば、一朝一夕に盛られたアスファルトに穴をあけることなど何でもないわけです。

というわけで、帰路を急いでいたところタイヤが穴に落ちてしまい、鈍い金属音が車内に轟きました。パンクを覚悟したのですが、とりあえず家までたどり着いてから確認したところ、幸いパンクは免れたものの、タイヤの真ん中の金属ホイールが失われていました。あの衝撃によって飛ばされたものと思われますが、だとすればだいぶ危ない…。他の車に当たっていなければよいのですが。

日本のドライバーの皆さんも、自然の力を侮る事なかれ。いつ新たな穴が出現するか知れたものではない世の中ですから、いくら注意してもし過ぎることはなく、右見て左見て参りましょう。




6.14.2012

異端のことばたち

数年前に当時労働相だった極右カトリック保守の政治家が、娘の中学の国語教師がガルシア=マルケスとカルロス・フエンテスの「アウラ」を授業で読ませたとかで、他の保護者(当然ウルトラ・デレチャ=極右)と一緒に抗議してその教師を辞めさせたことがあった(その後同政治家は、自分の子どもたちを学校に行かせず自宅で教育した)。

保守の中の保守にしてみればこういう本は「悪魔の文学」なわけだけど、でも優れた文学というのは定義上プロボカティヴでなければならない、と思う。もちろん性的な意味に限らず、もっと広く社会的な意味において。ごりごりの保守というのは東西問わずどこにでもいて、その実態には驚かされるものだが、彼らにとってほぼすべての優れた現代スペイン語文学は発禁ものだろう。なるほど、彼らはきっと善良な人間であるには違いない。しかし、目を見開いて見ようとしないことは、ただもうそれだけで罪である。

昨今都市部で盛り上がりを見せつつある学生運動だが、初めの方のデモ集会で、「何か一冊本をもって集合」という粋な決まり事があった。"El pueblo informado, jamás será manipulado." すなわち、自分で公正な情報を得ることができる国民は、操り人形になることはない、というのである。メディアの情報操作に対する抗議なのだが、自分でしっかりした情報を得て自分で考えることの象徴が本というのは、学生運動らしくてよろしい。

しかしあれですね、中学でガルシア=マルケスは早すぎるとの声もわからなくはないですね。息子が中学生になって「エレンディラ」を読んでいたら、私だったらもちろんおおいに読めといいますが、別の意見があってもおかしくはないと思います。でもだとすれば、世界の「優れた文学」はいったいどの辺で読むのが適切なのだろう。うーん。高校生でこっそり読み始めて、大学以降再読、といったところでしょうか。いずれにしても、息子にもこっそり読んでおいてほしいです。こっそり。


6.08.2012

続き

今朝も元気にジュノ(車の愛称)を走らせていたところ、ん??




・・・ロバ?










ロバだ。

つり下げてある土器類もまた謎です。


シュールだ、ラテンアメリカ。





6.06.2012

ダルメシアンの事情

母が送ってくれた日本の板チョコたち、大事に食べてたのですが最後の3枚目があと一かけになってしまいました。これを食べ終わったらまたリンツのノワールか。ちっ。
冷蔵庫に冷やして、パリパリ食べるのがおいしいですよねー。明治のミルクチョコ(黒)が好きですが、板チョコってうっかり一枚食べてしまったりするので(だいたい半分のところでええいっと冷蔵庫にしまう)、この点やはり「ダース」は相当革新的なことをやったともいえます。従来あまり語られてこなかっただけに、その意義を本稿で強調してもし過ぎることはないだろう、という感じです。

ところで昨日、息子のお迎えに車を出したところ、道ばたでダルメシアンを見かけました。我が家はきどった外国人の多く住むきどった住宅地の一角にあるのですが、隣接する通りから先はいきなり庶民的な地区となります。がらっと。庶民な感じは庶民な感じで全然悪くはないのですが、それにしてもダルメシアンは場違いすぎてびっくりしました。遠目にも毛並みのよいダルメシアンでしたし、どう見ても野良犬には見えない。だいたいダルメシアンと野良犬って語義矛盾ですよね。ダルメシアンはなんだか背筋を延ばしてたたずんでいて、その高貴な風情と小雨の降る庶民街という情景の不釣り合いがきわめて映画的でした(テオのギリシャ映画的な)。道ゆく人々は特に気にかけてもいない風で、またそれがシュール度を助長するという。

シュールだ、ラテンアメリカ。

6.05.2012

知ってることにする


ときどきことばを使う人たちのインタビューとかで、「僕は散文的な人間で」という発言を目(耳)にするのですが、そりゃそうだろうよ、韻文的な人間の方が少なかろうよ、と思いつつ、「散文的な人間」という意味がよくわからない桃亀です、こんにちは。
誰かおしえてください。

わからないことをわからないという勇気は大事ですが、外国にいるとわからないこともけっこうそのままにしてしまったりします。いちいち訊いてもお互いに面倒なので、「あ〜、あれね」みたいな顔をしてしまいます。メキシコの誕生日ソング「ラス・マニャニータス」の歌詞とか、メキシコ8年目にして初めてちゃんと知りました。今まで適当に歌ってました…。メキシコ料理には、トウモロコシの粉を使った料理がタコス以外にもごまんと存在し、それぞれ違う名前がついてるのですが、このあたりも適当に知ってるふりをしています。ちょっと訊いてみると、メキシコ人ってみんな親切にいろいろおしえてくれるんですけどねー。まあでも、タコスに類する食べ物は多すぎて、きいてもすぐに忘れます。


6.04.2012

身を売るこどもたちへ

呪いと祝福の赤信号
ビーバーの着ぐるみからのぞく二つの目が
運転席の私を捉え こちらに手を差し伸ばす
窓を開け 彼に10ペソ硬貨を渡す
神の祝福と引き換えに
"Que Dios le bendiga*."

地下鉄だって同じくらい慈悲と哀れみに溢れてる
両親が病気なのだと 素足の娘は懇願する
ポケットの中の10ペソ硬貨を彼女の手に落とす
天使の祈りと引き換えに
"Que Dios le bendiga."

こんなとき私はいつも
ボードレールの身を売るミューズを思い出す
生まれも育ちも貴族でない 無数で無名の詩人たち
パンを稼ぐためには 信じてもいない詩をうたう必要もあろう
しかし彼らの方が私よりもずっと自由だ
その制約こそが 彼らを自由にしているのだ

彼らがいるのは不可視だが 確実に触知できる檻の中
それは境界という一個の思想である
どちらが中でどちらが外かは
自分がどちら側にいるかで決まるのだった

制約の中の精神の自由に 私はこの上なく憧れる
裏返された檻の中に 閉じ込められた我が精神の



*Que Dios le bendiga=あなたに神のご加護がありますように


6.02.2012

最近の息子と太陽

今朝、息子のお弁当をかばんに詰めていた時点で、今日が休園日であったことを思い出した。がっくし!
(主にもっと寝てればよかったという意味において。)
でもお弁当は、起きてきた息子が朝ご飯に食べてくれました。

最近息子のことを書いていなかったので、書くと、アルファベットで自分の名前が綴れる(ABCで言える)ようになってしまいました。なんてことだ。ママがまったく怠惰なため、ひらがなとかは一切知りません。大好きな数字も完全にスペイン語だし、日本に帰ったらそれらがあまり通じないことにいささか驚くでしょうが、まあそのうち日本語でも覚えるでしょう。

相変わらず好きな食べ物は白米とふりかけで、ばぁばから送ってもらったアンパンマンふりかけと仮面ライダーふりかけを大事にかけて食べてます。3歳になって以降、にわかに仮面ライダーブームの到来です。きっかけは、クラスのお友達の誕生会のお返しに仮面ライダーふりかけが入っていたことなんですが。で、仮面ライダーのDVDが観たいというので、近所のレンタルビデオ屋に行ってみたところ、もちろん仮面ライダーはなくて、しかしそのかわりと言ってはなんですが、アメリカで撮られたその名も「ニンジャ・サムライ」という、ある種の「忍者」と「侍」の概念を足して2で割ったかもしれないような豪華変身ヒーロー・シリーズを発見しました。まだ「NINJA」とか読めない息子には、「仮面ライダーあったよ!」とある意味深刻な嘘をつき、息子はとても喜びました。嘘をついた甲斐がありました。現在第2巻を鑑賞中です(5巻くらいまである)。ちなみに、質はいうまでもなくけっこうひどいです。

それにしても、ここのところメキシコは炎天下が続いています。先日調査に行くのにメキシコシティ中心部を15分ほど歩いたのですが、それだけで脱水で倒れるかと思いました。太陽が強すぎて涙が止まらないので、サングラスを慌ててかけましたが、その日の晩は目が真っ赤になってました。灼熱の、という形容はまさにこの太陽のためにある、実際すべてを太陽のせいにするのも一理あるほどに、人に圧倒的な倦怠感を与え、狂気へと掻き立てる太陽であります。乾いた太陽なんだよな。