ラベル 研究員の雑感 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 研究員の雑感 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

5.09.2013

終わりははじまり

しばらく考えてみたのですが、このブログを終わりにすることにします。理由は、まったく複雑なものではないけれど書こうとするとむつかしいですが、私の大好きなお行儀のわるい J. アーヴィング風にいえば、それは役割を終えてしまって、ただそれだけのことなのだ、という感じでしょうか。それでも「書くこと」はこれからもずっと終わらないし、それは私を助け続けるし、きっと息子のことも助け続けるだろうと思います。

ブログというのは書き手からの一方通行ではなく、読み手とのやりとりの感触がある点で、自分だけで完結する日記とは異なる表現・伝達様式ですが、面白いのはそのやりとりの微妙な時間差や温度差であるような気がします。向かい合って話しているときのそれらの差異(の不在)とも、小説家と読者の間におけるそれらの差異とも違う。まあこれも面白かったけど、そろそろ別の様式でもいいのかもしれない(日記にしちゃうことも含めて)と、なんとなく博論が終わってから思っていたので、いったんブログをやめることにした次第です。というわけでまずは、近い未来に美味しいものでもご一緒しながら、向かい合って語り合いましょう。


4.25.2013

経済政策についての所感

今日の朝刊(朝日)のトップは、国会に提出された政府の消費増税転嫁法案についての記事でした。私はほとんどテレビを見ないので、この法案についてどういった議論が巷でなされているのかよく知らないのですが、なんだか気持ちの悪い法案だなあという印象です。納入→小売り→消費者に税金がちゃんと転嫁されていくように、小売店のセールの謳い文句まで規制するのだそうです。結局この政策のおおもとには、「インフレさせたい」という政府の一貫した意図があるように思ったのですが、今朝の新聞を読む限り詳しいところまで踏み込んだ解説がないので、よくわかりません。テレビの方ではすでにいろいろな解釈がなされているのだろうと思いますが。

これとは対照的に、昨日4月24日付けウルグアイのエル・パイス紙(デジタル版)の一面は、インフレ抑制のために、中央労組が農産物などを直接消費者に販売する措置をとることを決めたと報道しています。そういえば2年前にブエノスアイレスに滞在していたときには、政府がインフレ抑制のために、「全国民にミラネサを計画」なるものを打ち出し、アルゼンチンの庶民料理であるミラネサ(いわゆるミラノ風牛肉のカツレツ)に小売り価格制限を設ける(価格統制)、というようなことをやっていました。ウルグアイは政労使間の協調によってインフレ緩和を促す努力が見られる例であり、アルゼンチンはより政府側の一方的なイニシアティヴが目立つ例ではありますが、いずれにしても過去に年率4ケタ台にも達するハイパー・インフレを経験してきた地域だけに、両国のインフレに対する警戒感には並々ならないものがあります。

まあ日本の状況をラテンアメリカと比較するのは適当でないかもしれませんが、日本の公的債務状況に鑑みれば、近い将来ハイパー・インフレという事態もなくはないはずです(なお、アルゼンチンやウルグアイも、過去に国債(いわゆるソブリン債)による対外・対内債務危機に陥りました。アルゼンチンの国債デフォルトは日本でも悪名高い)。日本の現政権の経済政策で市場は湧いているようですが、幕間の解決策でしかないようにも思われる今日この頃です。



4.24.2013

ちょっと気になること

数ヶ月前に整形外科に行ったときのこと、若い院長先生から「現代人は上を見る機会よりも、下を見ることの方が多いですから」と説明を受けたのだが、非常に哲学的だ、と思った。本当にそうである。本を読むのもノートパソコンも下向き。それに日本の台所は小柄な女性に合わせて作られているので、残念ながら165cmの私の場合、キャベツを切るときも皿を洗うときも首は下を向いている(ちなみにこれまで背が高くて得したと思った経験は特にない)。物理的には無理なら、せめて気持ちくらい上を向いていたいものである。

話はかわるが、「いつもトイレをきれいにご使用いただき ありがとうございます」といった、いわば「予言的手法」による要請を目にしたことがおありだろうか。私がトイレをきれいに使っているか否かなんてわかりっこないのに、「ありがとう」と先回りで感謝されるのである。初めてこんな変な日本語の張り紙を見たときには、なんだか違和感を覚えたものだったが、昨今このような言い回しが増えたような印象がある。外国語の言い回しを輸入したのではないかと推測している。昔はあまりなかったような気がするのだが、私が気づいていなかっただけかもしれない。

そして今日、麻布十番の駅で、「いつも環境にやさしい鉄道をご利用いただき ありがとうございます」という張り紙を見かけてびっくりした。ありがとうも何も、心当たりがないけれども。ありがとうの予言的使用。文法書にも載せるべきかもしれない。


4.23.2013

神のはからい

「人生に真の意味で意味なんてない」ことは、絶望を強いる事実ではなく、むしろ朗報 "good news" でしょうね。多崎つくるが「創」ではなく「作」と命名されたように。肩の荷が下ります。とグアテマラ内戦の人権侵害報告書を読みながら思うのでした。

しかし、なぜ村上春樹がラテンアメリカであれほど読まれるのか不思議だ。彼の舞台装置への非関与性は、「コミットする」ラ米文豪たちの対極にあるように思われるのだけど。「ネオ」中産階級文学なのかなあ(非コミット性が新しい、的な)。



4.22.2013

チョコレートに関する予備的考察

真のチョコレート好きの方なら賛同していただけると思うが、あらゆるチョコレートの加工品の中で、真のチョコレート好きが一番好きなのは板チョコである。なお、この命題に賛同しない人は真のチョコレート好きではないということになるので、この命題は自己実現的に確かなのであるが、もちろんこれはトートロジーである。しかしこの点についての弁明は、本稿では行論を急ぐ必要上割愛させていただく。

今回お話したいのは、板チョコそのものについて云々というよりはむしろ周辺的な問題、すなわち板チョコの食べ方の作法についてである。無論真のチョコレート好きの皆さんは、板チョコそのものについても多角的、複層的ご意見をお持ちであろうが、その考察は別稿に譲りたい。もっとも、私の個人的な見解では、ミルク・チョコレート派よりもビター・チョコレート派の方が格上だとか、そういう階統制は存在しないのだが。それぞれが好きなチョコレートを食べればよろしい。

話がやや脱線した。さて、これも真にチョコレート好きな方なら賛同していただけると思うが、真のチョコレート好きは板チョコの食べ方に美学をもっている。板チョコの食べ方は、2つの様式に大別できる。第一の様式は、銀の包み紙のすぼまった端の方を破り、銀紙の下部をもってそのままかぶりつく、というものである。このような食べ方を煽動するテレビ・コマーシャルの影響からか、この第一の様式が板チョコの正統な食べ方だと一般に考えられているきらいがある。これに対して第二の様式は、板チョコを平たい場所に置き、ちょうどふろしきやお弁当の包みをひらくように、両手で銀紙の上から3分の2辺りを破り、中のチョコレートを無造作に折って、親指と人差し指でつまんでそっと口にはこぶ、というものである。意識は二つの指と、その間に挟まるチョコレートに集中される。描写の細かさの違いから明らかであるが、真のチョコレート好きがよしとするのは、第二の様式である。

第一の様式の何がいけないかというと、日常生活における儀式性への関心がいささかも見られない点であろう。これはよくない。人生に真の意味で意味なんてないことは、前提としては当たり前である。しかしこれは「前提」であって、だからといって人生に対して皮肉になるのは、生きてゆく上でもっとも避けるべきことの一つであると、真のチョコレート好きなら誰でも知っている。チョコレートとは思想、そしてその実践なのである。

真のチョコレート好きであれば、板チョコを食べる先の様式に伴う音や時間の流れ方にまでこだわりをもっているケースが散見するが、こうした話をチョコレートが特に好きではない人に振っても伝わらない。へー、そうなんだ、という感じである。残念な気もするが、考えてみれば大学でラテンアメリカ政治の講義をしても、学生の反応はよくてこの程度であろうと想像されるので、何らかのへぇと思えるとっかかりを見いだしてもらえるのなら、悪くない反応かもしれない。


4.16.2013

おとなになる

息子のもっているDVDの鉄人映画(邦題は知らない)の中で、主人公のホガード少年に知人の男が自宅で飲み物を勧めるシーンがあります。

 ―何にする?
  ミルクとか… ミルクとか?

 ―エスプレッソをお願いします。

一人前の男としての扱いを望むホガード少年は、苦いコーヒーを出してもらって満足するわけです。コーヒーが美味しいと感じるようになるのは、だいたいいつ頃からなんだろう。苦み、辛み、痛みといったあらゆる不快なことの向こうにある快感を知ることが、大人になることなのかもしれないですね。転調のような。もちろん、比喩的な意味でも。

本屋の中にあるカフェがもっと増えればいいのになー。


4.13.2013

忍者修行中



今日はよく晴れた土曜日。さいたま自然動物公園に遊びにいきました。とにかく広い敷地内には(田舎によくある、山一個切り開いた感じ)、シマウマ・キリン・ゾウ・コアラなど色々な動物がいて、よく考えると動物のライナップも充実しているのですが、息子のお気に入りはなんといってもアスレチック・ゾーン。かっこいい忍者になるんだと、修行にいそしみます。あっとういうまに閉園時間となりました。