7.21.2012

荷造り(滞亜日記5)

ななななんと、今回の南米旅行も終わりが近づいてきました。悲しいのでとりあえずチョリパンを食べました。あ、チョリパンというのは、チョリソがはさんであるパンのことで、ホットドッグの中身がチョリソだと考えていただければよいかと思います。ちなみにホットドッグのことは、アルゼンチンではパンチョと申します。なぜか枕詞に"super"がついて、「すーぺる・ぱんちょ」とも呼ばれます。チョリパンとパンチョ。

観たかった映画にも行けたし、もう1カ所特に研究とは関係ないけど行きたい場所があり、そこには明日の朝に赴いてみようと思います。いやー、研究ははかどったのかよくわかりませんが、振り返ってみるといろんな人に会えて楽しい旅でした。いやー、現地に来ることに意義がありますね!

息子におみやげをたくさん買ってしまいました。
これはサッカー・ウルグアイ代表のユニフォーム。


アルゼンチンのも買っちゃった。
あとは「ぐら」の帽子とかアルファホールとか。
息子に会えるのが楽しみです。

あとは父用のアルゼンチン産オリーブと、弟用のウルグアイ・ワイン。
それから買ってしまった本が(気づけば)20冊くらいある・・・。
気合いで持って帰ろう・・・。
明日のお昼はあやちゃん(再び)とアルメニア料理の予定です。
アルメニアってどこ?

7.20.2012

名残惜しきモンテビデオ(ウルグアイ5)

更新を楽しみにしているブログの一つが最終回を迎え、もう一つ別のは月に一回くらいしか更新されないので、なぜか「ぎむかん」にかられ誰に頼まれたわけでもないのに毎日ブログを書いている桃亀です。今日のモンテビデオは小春日和でした。同じ名前の友人の娘ちゃんのことを思い出しました。

先ほどナントカ大臣にインタビューをしてきて、今回のモンテビデオはこれでおしまい。今夜のフェリーでブエノスアイレスに戻ります。明日はこないだ書評を書いた本の著者に会えることになり、こんなことなら原著をもってきてサインしてもらうんだったのに。私は彼の書くもののファンなのです。彼の書く英語も好き。ちゃんと外国人が勉強した英語で書きました、という素直さがありながら、しかし洗練されていてなおかつ読みやすい、外国語でものを書くときのお手本です。

それからブエノスでは絶対観たい映画もあるし、いろいろ忙しそうです。

フェリーあんまし揺れなければいいなあ。行きはかなり揺れて、トイレ方面はちょっとげろげろだったようで、モンテビデオ到着のアナウンスが鳴ったとたんフロアに拍手喝采が起こりました。幸い私は圧倒的な睡魔に襲われ3時間ほとんど寝てたので無事でしたが。

さて、もうすぐこのアパートともお別れです。いい部屋だったなあ。
モンテビデオ、またくるぜ!!


7.19.2012

絵になるモンテビデオ(ウルグアイ4)


さんざんモンテビデオは普通だと書きましたが、絵になるところもあるんですよ〜。本日水曜日は、まったく誤算だったことに独立記念日だか憲法記念日だかで祝日のため、桃亀はおとなしく市内観光をしてきました。

上の写真は中央広場から見た新市街方面の景色。普段はこの新市街をうろうろしているのですが、今日は旧市街を散歩してみました。旧市街はその名の通り昔のモンテビデオの中心街で、写真の反対側、海と港の方の地区を指します。

しかし。観光客はちらほら見受けられるものの、祝日ということで商店などは少しもやる気のない開け方で、ほとんどシャッターが下りている。

もっと先まで行けばなにかあるかな。まあなにもないだろうな。でも果ての方に海が見える。なにもなくてもきっと海はあるな。まあ行ってみるか。

彼方に見える光が目的地であるかはわからないけど、目の前に道があるならとりあえず歩いてみるものです。その先にある風景を見よう!たいした景色でなくったって、そんなことはとりたてて重要ではないのです。

果たして、海に出た!




みんな釣りをしている。
なにか釣れるのかな。



これはただの桃亀。

じゃ、シーユー。

7.18.2012

普通が素敵モンテビデオ(ウルグアイ3)

火曜日、昨日とは対照的に、歩き回ってたくさん人に会った一日でした。
外は1月の日本の寒さですが、ずっと動いてると体も温まるものです。

そして昨日と違って今日はまったく時間と闘っていなかったため、ちゃんとレストランで食事をしました。よくあるお昼のメニューだと、メイン+付け合わせに飲み物、デザート、コーヒーで1000円くらい。ただ、レストランやカフェの数はブエノスアイレスに比べると格段に少なく、また、おしゃれな感じもちっともしません。その洗練されてなさが、よくいえば落ち着くともいえますが。よくいえば。

私が注文したのは、メルルサという白身魚のフライとマッシュポテト。マッシュポテトが別皿に盛られてきたのですが、4人家族で分けてもいいくらいの量があってびっくりしました。頑張ってできる限り食べたけれど、さすがに全部は食べれなかったよ。デザートで私がいつも選ぶのはフランと呼ばれる焼きプリンで、お店ごとに手作りの味が美味しいです。

ウルグアイに入ってから写真がありませんが、なんというか、まあ写真には撮らなくてもいいかな〜、あえて。という感じのゆるい風景なんですよね。食事なんかも、まああえて写真におさめることもなかろうと。なんというか、普通なんです。私はこの「普通」をいい意味で使っているのですが、まあ普通は普通ですので。


7.17.2012

引き続きモンテビデオ(ウルグアイ2)

月曜日、今日は一日中国立図書館で過ごしました。
図書館の入り口にはセルバンテスとソクラテスの銅像。
ウルグアイ人じゃないんだ・・・。
この辺のおおらかさが好きです。

ウルグアイ人はこぞって人がいいのですが、どのくらい親切かといいますと、まず「どういたしまして」が長い。なにかしてもらってありがとうというと、"No tenés por qué agradecer, por favor."(お礼にはおよびません。本当に。お願いしますよ。)とかいわれます。どういたしましては"De nada"(でなーだ)だと習った記憶がありますが、そんな風にあっさり言われたことはありません。ちなみに"Por favor"(ぽるふぁぼーる=please=お願いします)は「でなーだ」の代わりにアルゼンチンでもよく使われるのですが、ずっと洗練されていて素敵だなあと思います。

第二に、道を訊いて本人が知らなかったときは、ほぼ確実に他の人に訊いてくれる。もちろんそういう親切な人は世界中にいますが、ウルグアイではそれが普通という感じが特にします。

今日は図書館が閉まるまで時間との闘いだったため、しょうもないことにマックでお昼を済ませてしまったので、夜はちゃんと料理をして食べました。夕飯を食べ終わったら、発作的にチョコレートのかかったアイスクリームバーが食べたくなってしまいました。バニラアイスがパリパリのチョコレートでコーティングされているようなやつです。寒いし外に買いにいくのが面倒くさいのでやり過ごそうかとも思ったのですが、食べるまでは眠れそうにないほどに私はチョコレートアイスを求めていると察知したため、しょうがなくスーパーまで買いに行きました。ときどき何の前触れもなくやってくるチョコレート・アイス・バー衝動、面倒くさいですが一度起こるとしょうがないのです。

アイスも食べたし今夜もぐっすり眠れそうです。
9時からアニマル・プラネットの番組見なきゃ。

7.16.2012

愛すべきモンテビデオ(ウルグアイ1)

モンテビデオでいきいきしている桃亀です。
やっぱりこの街も好きなのです。

家具付きのワンルームアパートを借りているのですが、台所っていいですね! ブエノスでもキッチンは自由に使ってよいと言ってもらっていたものの、どうもあんまりちゃんとしたものを家で作る家庭ではないようだったので、遠慮してほとんど外食で済ませていたのでした。

それからシャワー! 熱いお湯が出る! ブエノスのボイラー(アルゼンチン製)は鬼門で、下手に「温度調整自動」を謳っているがためにお湯の出し方が難しく、うちのシャワーもぬるいのしか出ないんですよね…。ぬるいって言っても、どちらかというとお湯より水の範疇…。今考えるとあれで風邪をひいた気がする。ところがですね、ウルグアイのボイラー(ウルグアイ製)は素直なので、温めろと言われたらがんがん温めますから、お湯をひねると熱湯が出てくるわけです。水との調整が若干難しいですが、そんなことはどうでもよろしい。お風呂大国日本で、真冬にぬるいシャワーしか浴びさせないなんて人権問題にもなりそうな気がしますが、そもそも風呂に対する姿勢がまったく異なるのでしょう。

というわけで、モンテビデオ到着日は早速食料品の買い物に行って、パンをかじりながら野菜のスープと鶏モモのソテーをゆっくり作って食べて、散歩から帰ってくるとあったかいシャワーを浴びて寝ました。最高。

次に中/長期で海外となるとウルグアイに来る可能性が高いのですが(また海外?!)、モンテビデオは住みやすそうだな〜。首都だけどまったく都会じゃないし、人は優しいし、海はあるし。


7.13.2012

メキシコ選挙の周辺的な問答

そういえばメキシコの選挙結果について書いていませんでした。とはいえ、日本でまったく注目を集めていなかった選挙戦について熱く語ったってめんどくさい人なだけであろうと思われるので、今回は趣向を変えて以下のように総括します。


<村上春樹的なダイアローグ>
「不法行為によって損害が生じるだろう? でもほら、その行為による損失そのものだけではなくて、他にも損害は生じているとするあの概念、なんと言ったっけ?」
「損害賠償」
「いや、そうじゃないんだ。昔習ったじゃないか、わかるだろう? つまり将来的に生じるはずだった利益を得られなかったことに対する賠償だよ。例えば被害者が売れっ子の作家だったとする。彼は誘拐されて拘束された3日間に、本当だったら素晴らしい短編小説を一編書き上げていただろう。一編半くらい書いたかもしれない。そういうのを換算するんだ。本1冊の値段がいくらで、売り上げがいくらで、短編一編分の値段がいくらで、とかいう具合に」
「逸失利益」
「そう。その通り。君はさすがだ。僕はその逸失利益について考えていたんだ。これってよく考えるとおかしな話じゃないか? だってその作家が誘拐されずにすんでいたって、うちで飼ってる猫のタマのお腹の調子が悪いのが気が気でなくて、その間うまく仕事がはかどらなかったかもしれない。あるいは、商店街のくじ引きで一等のハワイ旅行が当たってハワイに行ってて仕事のことなんて忘れていたかもしれない。不法行為はそれ自体が生じさせた損失についてははっきりと因果関係をもつけれど、別の将来についての可能性に何のかかわり合いももたないじゃないか」
「正論だ。でも、正論がそのまま法律になるわけじゃない。もちろん君の言うことはよくわかるし、未だにそういう論争があることもたしかだ。しかし、現実の世界で取り急ぎ重要なのは、なにがもっともかではなくて、なにがもっともらしいか、ということなんだ。もっともらしいことには名前がつけられる。名前を授けられた概念は、にわかに強力になるんだ。難しそうな名前であればあるほどいい。複雑そうなことと権威は親和的だからね。こうして便宜的に力を得た概念たちによって世界が作られているといっても過言ではないんだよ。僕の言っていること、わかるだろう?」
「もちろん」


<ドストエフスキー的なモノローグ>
「ねぇ、私はなにも人生の公平性の話をしているわけではないんです。公平であるべきだなんてことも言ってない。人生が公平でなんかあるはずがないことぐらい、ちゃんと私でも知っていますよ。畜生!今夜は妙に寒気がするな。そうじゃないんです。私がしているのはスポーツマンシップの話なんですから。姿勢なんです。いや、それ自体ですらない。そういう姿勢へ向かう努力の話なんですよ。だからほら、ちょっと考えてみてください。ある人には10メートル先にゴールは見えてる。またある人は120メートル走らないとゴールに着かない。明らかにルールが違いますね。でもいいでしょう。所詮スタート地点なんて公平ではありえないんです。それにこれだけルールが違っても、おっしゃる通り勝負を決める要素はこれだけではないですからね。ただですね、前者が後者を打ち負かしたとして――それは考えられうる限り当然の結果ですが――勝者に勝負の潔白性を謳う権利はありませんよ。いいでしょう、勝ちは勝ちです、認めましょう。しかしね、あたかも彼もまた120メートルを全力で走ったかのように、そんな風に振る舞う権利は彼にはないんです。そうしたいのだったらね、初めからスタート地点を後ろにずらす努力をすることですよ。きっちり同じにすることはないんです。そんなことはありえないんですから。いいですか、私がお話しているのは努力の話なんですよ。」


というわけで、わかりにくくてすみません。結果的には赤組の勝ちで旧与党PRI(ぷり)が12年ぶりに大統領に返り咲きました。

7.12.2012

ブエノス一回休み(滞亜日記4)



風邪で都合2日ほど寝込んだ桃亀である。がーん。
思えば私は小さいころから行事となると体調を崩すついてないお子さまであった。年長組のお泊まり保育で熱を出して早退(それ以外に幼稚園休んだことないのに!)、中一の遠足の朝に初めて月のものがおりてきて(初潮というやつですね)びっくりしすぎて遠足見合わせ、大人になってからでも宮古島に降り立った瞬間にひどい風邪をひいたり。宮古島で風邪ってまぬけすぎます。暑いし。楽しみにしすぎたりするのがよくないのでしょうか。

まあそんなわけでまぬけにもブエノスアイレスで風邪をひいてしまったわけですが、本日なんとか復活し、資料館とか労組とか行ってきました。あ、あと週末ルハン大聖堂には行ってきました。野獣たちとふれあえる有名なルハン動物園は素通りしましたが。大聖堂は参道が厳かで素敵ですが、それ自体はメキシコ中央広場の大聖堂に比べるとふーんという感じで、おそらく南欧のすごいカトリック寺院を見慣れている方々にしてみてもまあこんなもんかという感じかもしれませんです。

なんかいろいろやることあった気がするのに、全然こなせていない気がします。なんかここまで来ると、「現地に来たことに意義がある」という気がそこはかとなくしてきて、まあそんな頑張らなくてもいいかと完全に自分に甘い桃亀です。うちの母だったら、「それはあなたが元来なまけものだからでしょう」とこれを見事な長崎弁で言いそうなものですが。まあそこそこ頑張ります。

写真はルハンのレストランで冗談みたいに美味しかった突き出しのオリーブ。冗談みたいに美味しかった。私のまわりでオリーブに目がない人といえばうちの父なのですが、こんなの出す店が長崎にあったら、彼はそこに毎晩通って、毎晩オリーブになっちゃうくらいまでオリーブを食べ続けるだろう。毎晩毎晩食べ続けるだろう。そんな妄想をしながらオリーブを食べました。

7.09.2012

ユダヤ的ブエノスの夜(滞亜日記3)



土曜日。昼間は散歩して、ロミートという肉のはさんであるサンドイッチを食べて、DVDとCDを買って、子供服の店で息子にロボットのついてる黒いパーカーを見繕い(彼はロボットのファンなのだ)、それから緑茶とアルファホールで休憩をして、家に帰ってきた。

夜はあやちゃんと遊ぶ。あやちゃんは文化人類学者で、ブエノスアイレスのユダヤ人コミュニティの研究をしている活発な女の子だ。9時からナチスのユダヤ人弾圧初夜「クリスタルの夜」に関連する芝居を観にいった。小さな芝居小屋に東欧人はわれわれ二人のみで、あとはあやちゃん曰く「ライトなユダヤ人」とのこと。年齢層はほとんどが「まさにその時代を生き抜きました」的な方々で、われわれを含めて若年層は1割にも満たなかった印象。まあ面白かったんだけど、今までお芝居を(子どもの頃を除いて)ほとんど観にいったことがないという理由もあって、例えば映画のように楽しみ方がいまいちわからない。数をこなして練習すればもっと楽しめるのかもしれない。

あやちゃんのブエノス在住ユダヤ人の大まかな区分によれば、それは(1)正統派と呼ばれる宗教的ユダヤ人、(2)ユダヤ文化を守る伝統派、(3)血筋としてはユダヤ人だけど、特に宗教的な戒律に沿って生きているわけではないライトなユダヤ人、の3つに分けられるらしい。正統派というのは全身黒ずくめで、男性は長いひげに黒のシルクハットをかぶっているような人たちで、見た目ですぐにわかる。毎週金曜日にはシナゴーグに通い、ユダヤ人と同居し、ユダヤ社会にどっぷり身を置くあやちゃんは、彼女の言葉そのままに「ユダヤ人の内面化」という自身の経験を語ってくれた。詳しいことは私にはよくわからないけれど、ようするにものの見方がすべてユダヤ的になっていくのだそうだ。コミュニティを重んじ、戒律の中に生きるユダヤ社会では、たしかに個人の見方を超えた「ユダヤ的な見方」というものが存在するのかもしれない。個人の記憶を超えた集団の記憶。個人の生とはすなわち集団の記憶の復元と維持でもある。そこでは個人の死生観も、21世紀日本におけるものとはだいぶ違っている気がします。どのような宗教でも、多かれ少なかれ人を生きる方向に導くための発明(それも優れた発明)といった側面はあるのだと個人的には思っているのだけど、ユダヤ教は中でもその規模の大きさと徹底度では、おそらくイスラムと並んで群を抜いている気がする。

10時半頃に終わって、それから芝居小屋近くのペルー料理屋に行った。この時間にレストランは盛況である。相変わらずブエノスアイレスの夜は長い。うちの人たちも「今日は夕食の約束があるの」って出かけていったけど、時間を訊いたら「11時待ち合わせ」だと言ってたし。

ペルー料理、めちゃくちゃ美味しかったな〜。特にブタ肉!写真奥の豚肉の煮込みは、ほろほろでとろけて幸せな味でした。そして付け合わせのサツマイモのオレンジ煮に、あやちゃんとひとしきり感心する。

しかしそれにしても、冬空にちょっと風邪気味の体調で、週末は一度テンポ・ダウンして整えることにします。

7.07.2012

To Buenos Aires with love(滞亜日記2日目)



2日目は金曜日。8時半に起きるつもりが目が覚めたら10時半だった。メキシコとの時差が2時間だから、きっちり2時間寝坊をなぞったわけだ。今回は以前に借りてたアパートの大家さんのお宅にお世話になっている。私以外にもアメリカ人の下宿生が3人いるらしいけど、これまでにまだ1人しか見てない。

ブエノスアイレスのエレベーターは、多くが年季の入ったアコーディオン式(バンドネオン式?)のドア(カーテン)である。慣れないうちは、エレベーターが止まってもつい2秒ほどぼーっとしてしまう。もちろん自動では開かないので、ああそうだったと思い出して、慌てて自分でドアを横にたたんで開ける。閉めるときにも注意が必要である。たいていはエレベーター自体のドアと階ごとのドアとが二重になっているのだが、これがつい自分に近い手前側のドアを先に閉めてしまうのである。そうすると、当然二つ目のドアが閉められないのである。まったく頭を使う。

今日は用事が終わったのが夕方の4時頃だったため、それから資料館の横にある小さな店で遅めの昼食をとった。私の限定的な経験に基づく独断によれば、ここの店のエンパナーダはブエノス一美味しい。そしてブエノス一安い。食事をするには中途半端な時間だったので、客は私一人だった。お腹がすいていた私は、鶏肉のエンパナーダと、ミートソースかけラビオリと、ボルドのお茶を注文した。ボルドは南米原産の薬草で、肝臓にいいと聞くけど、この辺りで普段よく飲まれているお茶の一つである。エンパナーダはしみじみ美味しかった。ラビオリも文句なしにうまかった。生パスタって、なんだか鍋焼きうどん的な温かさがあって幸せだ。イタリアの食文化の影響が色濃く見られるアルゼンチンだが、私は中でも手打ちの生パスタがとても好きである。

ごはんを食べて外に出たら、もう5時をまわっていた。特にやることも思いつかなかったので、映画を観にいくことにした。サンタフェ通りの小さな映画館に行ってみたら、なんと「無期休業」の看板がかかっていた。とても残念である。仕方がないのでパレルモにある映画館に行った。残念ながらアルゼンチン映画はやってなかったのだけど、ちょうどあと3分でウッディ・アレンの "To Rome with love" が始まるところだったので、それに決めた。映画はとても素敵だった。ちょっと予定外に笑いすぎてしまったのだけど、アルゼンチンのスペイン語に似たイタリア語の響きが心地よく、ローマに恋をした外国人たちの心境は、ブエノスアイレスを歩く私にも重なるところがあったから。

映画館を出ると辺りはもう真っ暗で、冬の空気の匂いがした。お腹がすいた!そこで、プエレドン通りのエンパナーダ屋に行くことにした。ここは私がブエノスで二番目に美味しいと信じている店である。アルゼンチンのどこだったかの州のスタイルのエンパナーダを出す(どこだったか忘れた)。ボブ・マーリーやビートルズのポスターが貼ってあり、アルミのでっかいミルク缶とアジアンな家具が置き並べてあるような店である。今度は牛肉のエンパナーダと、ロクロという肉・チョリソ・豆の煮込み料理と、ペプシ・コーラを注文した。エンパナーダからは中華点心もびっくりの肉汁が滴り落ち、一人なのに「うまっ」と独り言を発せずにはおれないうまさである。ロクロは寒い日にはこれがまた一段とうまい。私は煮込み料理には目がなく、似たようなものをたぶんスペインとイタリアのどっかの田舎町(後者はシエナからバスで行ったのだけど、どうしても村の名前を思い出せない。たしか甘いワインが有名だったような。オルヴィエートでもなく。あれはどこだ?)でも昔食べたのだが、いずれも体に染み渡る美味しさであったことを覚えている。

お腹いっぱいになって帰ってきて、マテ茶を飲みながら今これを書いている。桃亀の旅だと謳っておきながら、別に全然旅をしていなかった桃亀であるが、たまには一人旅も悪くないなと思っているこの頃である。

写真は地下鉄A線で乗った電車。これまた年季の入った木製の座席に窓枠で、かわいかったので終点駅で一枚。


片想い(滞亜日記1日目)



なつかしい景色
    暖房用のガスのまじる冬の匂い

こどもを抱えたパパが路上に停めた車に乗り込む様子を見て、あー私はこの街にまったく属してないんだなー、と思う。それは不思議に淋しさではなく、はっきりと心地の良い類の気持ちだった。

思えばここ8年ほど、私は一つの場所に1年以上定住したことがほとんどない。どこかに根をはることに途方もなくあこがれながら、こんな風にふわふわと、根無し草のようにしか生きられなかっただろうことも知っている。スーツケースとこどもを抱えて住む国を替えてみるのも、けっこう楽しいものですよ。

二度目のブエノスアイレス、この街が好きだなーと確認した。でも、確実に片想いな恋なんだよなー。なぜだろう。一生片想い。

まあそれもまたよしとしよう。