11.30.2011

ぐりとぐらごっこ

「赤と青のチュウチュウちゃん」こと、
ぐりとぐらごっこが流行っています。

カステラを作っているのだそうです。
白いのは、塩です...


もうすぐできるよ〜
まだあついから ふぅふぅせんば。とのことです。


幼稚園が代休だった日、
「にーにょ、おそとで おっきい たまご みつけると!」
というわけで、野外ぐりとぐらごっこをしました。
森を歩いていると、大きなたまごが落ちていて、フライパンでカステラを作るという設定。
マンホールをかまどに見立てているらしい。
ぐりが泡立て器でちゃかちゃかする、息子の好きなシーンを再現中です。


「たまごを見つけたけど、大きすぎてかごに入らない」用のかごは、めばえの付録ですがよくできている。
おいしくできたから、お友達とみんなで食べようね。

毎晩絵本を開くたびに、カステラ作りに憧れる息子です。


11.29.2011

コーラ大国メキシコ

自慢じゃないですが、メキシコは一人当たりのコーラ消費量が世界一です。お隣の合衆国を抑えて。
どちらかというと恥ずかしい話です。

そのようなわけで、メキシコのスーパーのコーラ売り場はこんな感じです↓
こーらこーらこーら
赤赤赤...

どうみても、倉庫の在庫?って感じですが。
CostcoかSam'sのような量販店ならありえますが、
普通のスーパーの売り場でこれです。


こちらは、コカコーラ・ツリー↓
サンタクロースもコーラ飲むんだ。。。


ところで、話はまったく変わって、今度は完全に自慢ですが、昨日スターバックスで男性に声をかけられました。カフェで殿方に話しかけられるなど、記憶にある限り約10年ぶりの出来事。ただし、「ナンパ」というには事実をかなり歪めてしまうことになる点が残念です。

というのも、彼は同業者でした。
待ち時間に、私の専門で博論を書くとなると必読である本を読んでいたところ、「その本はどう?面白い?」と話しかけられました。彼はバークレーの学生で、私と同じく博論のための実地調査でメキシコに滞在しているとのこと。カリフォルニア大学バークレーは、ラテンアメリカ研究がさかんなことはもちろんですが、私の好きな系統の理論の研究でも有名で、彼の「先生」たちの話でしばし盛り上がりました。こういうつながりは大事にしていきたいものです。

さて、もう師走目前ですね。
恐るべき事実です...

11.26.2011

<書評>だるまちゃんとてんぐちゃん


加古里子さく/え
「だるまちゃんとてんぐちゃん」(1967年!!)

もうすぐ3歳になる息子が大好きな絵本です。
言わずもがな古典なので、あらすじは割愛しますが、
私も昔好きだったこの本を大人になってから読んでみて、
とても素晴らしいと思った点をご紹介します。

まあいろいろと素晴らしいのですが、
古典とされる所以であると主観的に思う二点に絞って書きます。

まず第一点目は、日本語の素晴らしさです。
簡潔、無駄がなく、それでいて流れるような文体。
軽快かつユーモアのある台詞。
独特のオノマトペ。

だいたい3歳児向けの絵本となると、息子の反応を見ながら台詞を削ったりアドリブを入れたりするのですが、この本に限っては一切そういった小技は必要ありません。これ以上簡潔になりようがないというところまで余計な要素が削ぎ落とされていますし、もちろん私なりの抑揚はつけますが、書いてある通りに読めばこどもが喜ぶ。1ページあたりの分量も、3歳児の集中力に適合するものです。

数ある名台詞の中でも、かおについている「はな」とさいている「はな」を間違えただるまどんが、だるまちゃんに向かって詫びるときの台詞、「ごめん ごめん。これはおおまちがいの とんちんかん」は秀逸。あと、おもちをつくときの擬態語「ぺったら ぺったん」も大好きです。

日本語っていいな、としみじみ思います。


第二点目は、結末がすごい。

だるまちゃんはてんぐちゃんのもってるものがうらやましくて仕方がなくて、てんぐちゃんの真似ばかりします。だいたいこの時点で、私なら「真似ばっかりしてなんなのよ。」とか思いそうなものですが、てんぐちゃんはだるまちゃんに共感を続けます。そして最後、てんぐちゃんを「目指して」きただるまちゃんが、ついにてんぐちゃんを「抜いて」しまいます。すなわち、とんぼの停まったてんぐちゃんの長い鼻を真似しただるまちゃんが、すずめを捕まえるのです(すずめ>とんぼ)。なんと腹立たしい、と私なら思いそうなものですが(ほんと我ながら性格がわるい...)、てんぐちゃんは一瞬驚愕の表情を浮かべるものの、すぐににこにこして、だるまちゃんの鼻が一番だと言い、二人はなかよく遊ぶのです。

この結末、小さい頃に読んだとはいえ全然覚えていなかったので、大人になって読み直したとき、なんということだ、とかなり愕然としました。自分を慕って真似するうちはかわいいけど、抜かされたらどうだろう。アメリカの真似して経済成長するのはいいけど、アメリカ経済を脅かすのはちょっと・・・。とか、そういうのって大人の世界には溢れている気がするので、相手の成長がたとえ自分を超えるものであれ、それを手放しで喜ぶその価値観に、素直にびっくりさせられました。これができれば世界は平和だろうね。そして、この本をこどもたちが大好きだという事実は、それがまったくの絵空事ではないということを示しているのだと思います。

先日、経済学の友人が、学会で発表した際に、同じ専門のとある教授から「ライバル心」むき出しのような辛辣なコメントをされたと言っていたのですが、もしそれが本当だとすればとても悲しいことです。せっかく同じ畑にいるのなら、もちろん建設的な批判はした上で、どちらも成長できるような関係を築いた方がいいに決まっているのに。似たような対立を、大学院の先輩が発表した研究会で私自身目撃したこともあります。
だるまちゃんとてんぐちゃんを見習うべきですね。

ちなみに私のやっているラテンアメリカ政治の分野では、そういう困ったさんの話はあまりききません。私の周りには、だるまちゃんとてんぐちゃんが多い気がします。とても幸運だと思います。


11.24.2011

博論ノート一考


歴代の博論ノートです。

だいたいモレスキンの単行本サイズを愛用しているのですが、アルゼンチンやメキシコでちょうどそのサイズが見つからなかったりすると、文庫本サイズや薄めの補助ノートを糊でくっつけて使ったりもしています。ちなみに、罫線や白紙よりも格子タイプの方が好きですが、最近以前よりも格子線が濃くなってしまってがっかり。思考を遮らない程度の控えめな線がよかったのに。薄いタイプも残存しているのでしょうか。

私は、書きながら考えるのが好きです。書いていると、いいアイデアが浮かんできます。ちなみに脱線しますが、大学入試のときも、国語や英語の長文では、いったん文章を全部読んで全体像を把握してから問題を解くことはせず(高校ではこうしろと習いましたが)、読みながら順番に問題を解いていた記憶があります。この方が、書きながら考えるタイプの私には効率がよかったです(そもそも良い問題というのは、定義上読解を助けるためのものである必要があり、であるとすればなおさら、解きながら読んだ方が効率がいいに決まっていると思います)。ただし、大学入試と博論は、後者には正解がないという点で明らかに違いますが。

これらのノートたちには、2008年頃に博論のテーマを具体化させて以来のアイデアや、聞き取り調査の内容がすべて詰まっているので、ものすごく大事です。飛行機に乗る時ももちろん手荷物ですが、一度だけ、うっかりスーツケースに入れてしまって、フライトの間中気が気でなかったことがあります。

ぼんやりとしたアイデアを触知したら、とりあえず書いてみます。最近では、研究者でもノートはパソコンでとる人が増えているみたいですが、やっぱり私には、「ぼんやり」を目に見える形にする際に、手で書くということは大事なようです。

新しいノートの表紙の裏には、いつもそのときに思いついた論文の目標を書いています。最近はだいたいいつも一緒で、「丁寧に。」です。
時にものすごく孤独な作業において、歴代のノートたちは、心から信頼のおける友人である気がします。

絵本の博覧会

先日、国立芸術センター公園で開かれた「こどものための本の博覧会」に行ってきました。さまざまな出版社がブースを出していて、子ども向けのイベントなども充実していて面白かったです。


絵本がたくさん、目にも楽しい。

「ぽこじょ!」 と息子。
右端のキャラクターはアニメでも人気のポコジョ。

汽車の本と、息子の大好きなコブタの『オリビア』シリーズの最新刊『オリビア、ベネチアに行く』と、五味太郎さんのらくがき絵本を買いました。五味さんは、スペイン語圏で最も人気があり、最も翻訳されている日本の絵本作家の一人です。

ある晩、お風呂上がりにオリビアの本を読んでいたところ、話の最後で、サン・マルコス広場の塔のレンガをオリビアが引っこ抜いてしまったために、塔が崩れてさあ大変、というシーンがあるのですが、なんで壊れたのかこのくだりの意味がどうしてもわからなかったみたいで、息子が何度もページをめくり直しています。そこで、積み木を持ってきて再現してみたところ(高く積み上げた下の方の積み木を引き抜くと、その上に積まれた部分は壊れちゃう)、ものすごく合点がいったようで、それ以来このシーンが息子の大のお気に入りとなりました。

11.23.2011

待降節

もみのき!
車の上部にくくりつけてもってかえってきました。


実は、すでにメキシコ社会において感じられる「なんだかもうすぐ冬休み〜」というそわそわ感にまったくついていけてないテンションの私ですが、飾り付け頑張りました!
一個丸いの割ったけど。

残念ながらけばけばしい光しか写りませんでしたが、飾り付け後のクリスマスツリーがこちらです。


ちなみに、翌日、私と息子がお風呂の間に、何の前触れもなくツリーが倒れました。「丸いの」の半分くらいが割れてしまいました。倒れた状態のクリスマスツリー、なんだかせつない光景でしたけど、無事再設置されました。家中もみのきの香りがするのはとても贅沢で素敵です。

ようやく写真を取り込んだので


こちら、怪我翌日のフランケンさん。
今はだいぶきれいに治りました。

11.18.2011

きかんしゃ ちゅうちゅう


息子の幼稚園には図書館があるらしく、
毎週火曜日に1冊本を借りてきます。
1週間おうちで読んだら、火曜日に持っていって、
新しいのをまた1冊借りてくるという仕組みです。
今週の本は、バージニア・バートン作「いたずらきかんしゃ ちゅうちゅう」(むらおかはなこ訳、1961年)。

息子はこの話が大好きみたいで、借りてくるのはすでに2回目です。
まだのべ5冊しか借りてないのに。
「ちゅうちゅう」が息子のもっているプラレールのD51(デゴイチ)にそっくりなので、気に入ったのだと思います(連結してる炭水車まで似てる)。

あらすじはこんなお話。
ちいさなきかんしゃのちゅうちゅうは、ぴかぴかでかわいいきかんしゃでした。
きかんしのジムと、きかんじょしのオーリーと、しゃしょうさんのアーチボールドといっしょに、きゃくしゃにたくさんのひとをのせて、かしゃにはたくさんのにもつやてがみをのせて、まいにちちいさなまちとおおきなまちを、いったりきたりしていました。
あるひちゅうちゅうは、「もうきゃくしゃやかしゃをひくのはごめんだ」とおもって、にげだしました。
どんどんスピードがでて、とまりたくてももうとまりません。
あがったままのはねばしをなんとかとびこえたものの、たんすいしゃは下におちてしまうし、あたりはくらくなって、ふるいせんろはいきどまりでみちにまよってしまいました。
一方、ちゅうちゅうのいないことにきづいたジムたちはびっくり。
あわててさいしんしきのきしゃにてつだってもらって、ちゅうちゅうをさがしにでかけました。
ぶじにみつかったので、ジムたちはよろこんでおどりました。
それから、ちゅうちゅうといっしょにちいさなまちにかえりました。
****

絵本は帰路につくちゅうちゅうの台詞で終わるのですが、これがなんとも印象的なので、以下に紹介します。


****
うちへかえるとちゅうで、ちゅうちゅうはジムにいいました。
「わたしは、もうにげだしたりしません。にげても、あまりおもしろいことはないんですもの。これからは、たくさんのひとをいっぱいのせたきゃくしゃや、にもつをつんだかしゃをひいて、ちいさなまちからおおきなまちまで、いったりきたり、いったりきたりしますよ。」
****


私の好きなタイプの締念です。
痛みを伴うことはうすうすわかっていながらもやってみて、やっぱり痛いのだけど、そこから開ける風景というものはある気がします。

この時代には主流だったのでしょうが、むらおかさんの翻訳が、全然丸くなく、むしろ原語の存在感を残すごつごつした粗野なものであるのも、すごく素敵です。

あと、うちにある絵本で最近の息子のお気に入りは、「ぐりとぐら」と「だるまちゃんとてんぐちゃん」です。どちらも言わずもがな、古典ですが、これらについても今度お話します。


11.15.2011

かさぶた

もういいかい?
きになるへんじは
まあだだよ
***

お〜いお茶俳句大賞で落選した恥ずかしい経歴をもつ私ですが、かさぶたの一句を詠んでみました。これも落選かと思われます。
ちなみに長崎の従姉妹ちゃんは上記コンクールにおいて入選した輝かしい経歴をもっていて、歌心があるんですよね。

話を戻すと、土曜日、朝、びゃーっと泣き声がきこえたので何事かと思ったら、息子の顔が再び血の形相になっていました。
かさぶた。かゆくて触って取っちゃったんですね。

気持ちはわかるんだけどね、それやるとまた振り出しに戻るから、と説明して、化膿しないように薬を塗ってあげると、痛い目にあったためによく理解できたようで、それからかさぶたには触らず順調な回復を見せております。

もう治ったかな〜と思ってかさぶたに触って血が出ること、私もよくあって、せつない気持ちになります。しかし、こどもの細胞分裂は驚異的なので、傷の治りも早く、うらやましい限りです。怪我翌日の写真があるので、そのうちパソコンに取り込んだらアップします。

11.12.2011

To be, or not to be.


相変わらずの文字化けな日々です。
こんなことなら、早い段階でMacとの互換性の高いg-mailにでも替えておけばよかったと思いますが、時既に遅し。
ある境界点(threshold)を越えると、変更するコストがぐっと大きくなって(みんなにアドレスおしえちゃったとか、使い勝手に慣れちゃったとか、名刺に書いちゃったとか)、なかなか変化に踏み切れないという、これもまたどこかできいたことのある理論を地で行く形です。
こうなるともう、革命のような大きな外的要因がないと変化は不可能のようにも思われますが、そういえば今年のはじめにアカウントハックの被害に遭ったとき、別のメールに鞍替えするという選択肢もあった気がします。
なんでしなかったのだったかよく覚えていませんが。

話はまったく変わって、昨日幼稚園から初めてのお呼出を受けました。
といっても悪いことをしたとかではなく、怪我だったのですが。
なにやら、滑り台を頭から滑って、手をつくよりも前に頭から着地し、顔の左半分を派手に擦ったとのこと。・・・おばか!
でも息子、お腹はすいてたみたいで、電話の向こうで先生から
「お弁当たべる?それとももう迎えにきてもらう?」
ときかれて、涙声で
「おべんと たべゆぅ・・・」
と言ってるのがきこえました。。。
迎えにいくと、まあ見事な擦り傷を左の目から頬にかけて作った息子が、なんだか照れくさそうに登場。
早引きって確かになんだか恥ずかしいもんね。

今までにもすでに足の指の爪がはがれたとか、歯が脱臼したとか、いろいろ生傷の絶えない息子です。そういう意味では、2歳にして人生の経験値は私よりも上です(いずれの経験もしたことない)。しばらくはお風呂がしみるの我慢だね。

写真は息子の大好きなピーナッツをおすそわけしてるところ。

11.11.2011

本日晴天。

先日運動会がありました。
もちろんメキシコには「運動会」なるものは存在しません。
一応日本人学校の幼稚園なもので、日本的な運動会やらお遊戯会やらあるのです。
そこで、メキシコ人もこの見知らぬ文化によるイベントのことを便宜的に「ウンドーカイ」と呼んでいて、微笑ましくもありました。

こちら、本日運動会の人↓
やる気満々のようです。

その数分後、同じく今日が運動会の人、なぜかサッカーボールをもってます。


で、遊びだす。
なんかもう集合しないといけないみたいだけど・・・。


運動会というものは、だいたい遠目にいろんなものを見物するため、そして動きが多いため、全然いい写真がとれません。かろうじて入場行進後に撮った写真がこちら。

列からはずれてとぼとぼ歩いているところを、先生に追いかけられているのが息子です・・・。特に興味のないことにはまったくやる気を見せないのでびっくりします。

しかし!
この後、かけっこと「どんぐりの踊り」はどちらもかなり気に入ってたみたいで、特にどんぐりの方では振り付けも完璧で驚きました(どんぐりころころではなく、初めて聴いた曲だった)。入場の曲「さんぽ」も大きな声で歌ってたし。トトロ大好きだもんね。
やるときはやります!

この運動会、BGMにも「7人の小人」の他ディズニーのクラシックが日本語で流れたり、準備運動は「ぱわわっぷ体操」(おかあさんといっしょの体操)だったり、目眩がするほど「日本」でした。ぱわわっぷ体操を園児の前に立って完璧にこなす先生方には本当に敬意を表したい(メキシコ人先生も完コピだし)。

以上、運動会でした。


11.10.2011

文字化けのなぞ


最近、バカにならない頻度でメールが文字化けします。
その要因は確実に、メキシコで買ったスペイン語版のマックでホットメールを使い日本語でメールを打つという、何重もの無茶をしているからだと思われます。

それにしても、特に大学のサーバー宛のメールが高確率で文字化けするのは致命的です。
経験的に、どうも長いメールで、英数字と日本語をまぜた場合に文字化けしやすいのではないかという仮説を立てたのですが、私の文字化けメールの主な被害者である方の推論によると、文字化けするか否かは、メールの長さや文字の種類ではなく、段落の長さに相関するのではないかという話です。つまり、段落が長いとその一部が文字化けしやすいと。

そこで、段落を短くしてみましたところ、別の方宛のメールでこれまたやっぱり文字化けしました。これも別の大学のサーバーです。お手上げです。

観念して、今度は日本でウィンドウズを買おうかな・・・と思っているところです。

写真はファンキーにゃあにゃ。

11.09.2011

ハロウィン・死者の日

先日、団地内のハロウィン集会がありました。

メキシコの死者の日(11月1日と2日)の祭壇もありました↓

仮装してないこどもは息子だけ・・・↓

このあと、家々をまわってお菓子をもらいます。
"Dulce o Travesura!!"(お菓子くれないといたずらするよ!)
英語の"Trick or Treat"ですね。でも、さすが英語の方が語呂がよい感じです。
うちにも魔女やらスパイダーマンやら、たくさん来ました。
いっぱいお菓子あげてたら、最後の方足りなくなっちゃった。


翌日は幼稚園にて死者の日集会でした。


またしても、仮装してないのは息子だけ・・・(写真左端)。
単にママがこの時期ぼーっとしてて、買いにいくのを忘れただけです。
ごめんね〜。
かろうじてアルゼンチン代表のユニフォームを着てたので、
心ある人は「ディエゴ・マラドーナ?」と思ってくれたかもしれませんが。
マラドーナだったら仮装でもいけそうだし。

さすがメキシコと思ったのは、幼稚園児が元気にガイコツの歌だの、お墓の歌だの(Tumba:お墓という単語を連呼する)、そういうのを楽しく合唱していたことです。死者の日には、砂糖でできたガイコツの額にこどもの名前を書いて飾るという風習もあります。ガイコツの工作もあったみたいだし。
ヒトカワヌゲバ ミナオナジ。

行事は続きます。

11.04.2011

出題者の苦難


最近書いていた短い投稿論文をようやく書き上げました。
書評なのですが、たかが書評、されど書評。
まとめあげる段階はけっこうチャレンジングで、
それゆえに楽しくもありました。

それにしても、人の論文を批判する方が
自分でゼロから書くよりずっと易しいということを
身にしみて実感しました。
自明と言えば、そうですが。

先日、日本から来た友人が置いていってくれた小説、『容疑者Xの献身』の中で、難しい数学の問題を出題するのとそれを解くのとではどちらが難しいか、それは出題する方である、それゆえ出題者には常に敬意を払わなくてはならない、というようなくだりがあったのですが、直感的によくわかる話だと思います(数学的に証明はできませんが)。読者も常に著者には敬意を払う必要があるのでしょうね。

さて、この間、国旗集会、ハローウィン、死者の日と行事が続いたのですが、その話題は次にまわします。。ママは何か書いてるときはぼーっとしてて、最近あまり人間的・社会的な活動をこなせてなかったしね。。ちなみにあさっては運動会です。

写真はおいしいハンバーガーやさん「バラクーダ」にて。飲み物はいつもドクターペッパーを頼むのですが、まわりにこれが好きだという人はあまりいません。久々に飲むと、世界で一番おいしい飲み物のように思えるのですが。