1.31.2012

大統領の名刺

その人は、一人称に「僕」を使った。

同年代の男の子たちにはどちらかというと「僕」派の方が多かったから、初対面で「私」と言う人に会うとかえってときめいたりするのだが、大学教授で「僕」は珍しい。教授の「僕」は、正しい日本語の発音でそこにあった。それは特にセクシーではなかったけれど、私は教授の「僕」が好きだった。

教授に初めて会ったとき、彼はまだ助教授だった。その後、国のキマリゴトが変わったとかで、助教授は准教授になった。それから1年もしないうちに、今度は優秀でとてもいい論文を書いたとかで、准教授は教授になったのだった。さなぎが蝶に変わるような、めくるめく変身である。

自分のことを「僕」という教授の書く論文は、難解であることで定評がある。そもそも内容自体が難しい上に、文体が複雑なのだ。例えば、
「前記の経緯から、前者と先記の議論では、非合理性に対するアプローチがまったく異なるわけではない(少なくとも前提としては)ことが示唆される」
とか書いてある。指示語や挿入句がやたら多く、しかも否定句などが駆使されるので、文法を習ったばかりの外国語を読んでいるような気持ちになる。

匿名の査読者からは、教授の論文は「外国作品の影響を色濃く受けているものの、その作品に込められた感性は著者独自のものといってよく、また技術的にも隙がない」と評されたりする。でも、教授の友人や同僚は、彼の文体については何も言わない。なぜなら、よくよく時間をかけて読んでみれば彼が言っていることがとても正しいとわかるし、なにより、彼が全然悪い人間ではないからだ。そして私も、ある種確立した教授のスタイルが、好きか嫌いかでいえば、とても好きである。

そんな教授の研究室の本の整理を、以前に手伝ったことがある。もう一人来るはずだった学生が急用で帰省したとかで、手伝いは私ひとりとなり、11時に始まった作業は、昼食を挟んで夕方の6時にまで及んだ。ようやく片付けも終わり帰る支度をしていると、
「これ、さっき本の間に見つけたんだけど」
と、教授が白い長方形の紙を差し出して言った。
「僕がまだ助手3年目くらいの頃に、国際会議に来ていたエチェベリア大統領にもらったものなんだ。メキシコ政治を勉強しているって言ったら、『それは勉強しがいのあるテーマを選んだね』って笑って言われたけど」

名刺には、

 ルイス・エチェベリア・アルバレス
   メキシコ合衆国大統領

とだけ印刷されていた。
世界一シンプルで、世界一役に立たない名刺だった。
(ちなみに、驚かれることが多いので付記しておくと、メキシコは合衆国である。英語の正式名称は、United Mexican Statesである。もちろんアメリカ合衆国を真似したのである。しかし、United States of Mexicoとしなかったあたりに、メキシコ人のぎりぎりのオリジナリティが感じられよう。それにしても、日本語ではなぜ合州国ではなく合衆国と書くのだろう。字面か画数の問題ではないかと私は見ている。)

そんなわけで、本の整理をしたお礼に、私は大統領の名刺を手に入れた。なんだか幸運のお守りのような気がしたので、財布の中に入れていつも持ち歩くことにした。

それから半年後、夏休みが来て長崎に帰省した。財布の中の大統領の名刺のことなどすっかり忘れて駅前を歩いていると、偶然にも高校の同級生に遭遇した。そろそろ夕飯時だったので、せっかくだからちょっと飲みにいこうという話になり、近くの適当に食事もできそうな居酒屋に入った。
思い出話に一花咲かせ、きなこのかかった抹茶アイスクリームやら白玉やらコーンフレークやらをつついている段階になって、彼女がおもむろに告白した。
「実は今日、誕生日なんよね」
すっかり忘れていた。そういえば7月生まれだったかもしれない。しかし日本人というのは、どうして自分から誕生日を言いたがらないのだろう。外国人はだいたい1週間くらい前から誕生日を宣伝して回って、当日は盛大に皆に祝われるのを当然だと思っているのだが。デザートとかさ、頼む前だったらもっと演出してもらえたのに。

私は、手持ちの品でなにかプレゼントになりそうなものを考えてみたが、あいにく何も持ち合わせていなかった。そのとき、大統領の名刺のことを思い出した。大統領の名刺って、なかなか手に入りにくいだろうし、プレゼントとしてはよいかもしれない。手放すのはちょっと惜しい気もするが、あげて痛くもかゆくもないものは、逆にプレゼントとしては不適切であろう。とかいうことを考えて、彼女に大統領の名刺を渡した。
「ほら、学部のときに二外でスペイン語とったって言ってたし、スペイン語界ではわりと有名な人だから。もってて損はないから。あげる。」
彼女は特に関心もない風に名刺に目をやったけど、その後にっこりして「ありがとう」と言って、名刺を財布の中にしまった。

彼女がまだ大統領の名刺を大事にとっておいてくれているかどうか、わからない。「僕」教授もエチェベリア大統領も、まさかかの名刺が30年のときを経て、長崎で誕生日プレゼントに化けたなんてこと、きっと想像もしていないだろう。
世界一役に立たない名刺も、少しは役に立ったのである。


おしまい。
*今日のお話はだいたいフィクションです

1.30.2012

セレステとたね

アルゼンチンで初めて Celeste という女性の名前をきいたとき、へえ、綺麗な名前だなと思った。セレステ。空色、という意味である。アルゼンチンではよくある名前なのだそうだ。

空色・セレステはアルゼンチンの国旗の色である。真ん中に太陽が描かれているからだろうか、太陽を挟む「セレステ」は、水色というよりやっぱり空色に見える。日本語に「移動」させるなら、「紅子ちゃん」とでもいったところだろう。日本人にとって赤が特別な色であるように、アルゼンチン人にとって空色は別格なのである。

ちなみに、"La Celeste"というと、お隣ウルグアイのサッカー代表のことになる。アルゼンチン代表は"La Albiceleste"(白と空色)、ストライプだから。ウルグアイの国旗も同じく「セレステ」なのだけど、アルゼンチンの「セレステ」よりも少しトーンが濃いものが一般的のようだ。こちらにも太陽が描かれてあるが、左上に位置する太陽が広大な「セレステ」を照らしているように見えるからだろうか、ウルグアイの「セレステ」は水色に見える。

セレステといえば、ブエノスアイレスで息子が通った保育園の先生の名前で、息子はセレステ先生によくなついた。そして空色といえば、息子の好きな「そらいろのたね」である。ゆうじくんが宝物の飛行機とそらいろのたねを交換して、そらいろのいえが生えてくる話である。この絵本、実はこの「そらいろのたね」がきちんと描かれていない。きつねが握っているシーンをよく見ても、はっきりとその形状はわからない。
「そらいろのたね」は空色なのだろうか。

これについて私はある程度時間をかけて考えてみたのだが、おそらく「そらいろのたね」は空色ではないのではないかと思っている。たぶん、見た目は普通のタンポポの種なんじゃないかな。「そらいろ」というのは、当然ながらいろんな含意のあるメタファーで、たとえばそれは、天まで届くような「いえ」の拡大を示唆していたり、実はあれは夢だったのではないかと、それを目撃したみんなが思わざるをえないような、話の結末を暗示していたりする。この話のすごさは「そらいろ」に集約されているけれども、おそらくだからこそ、種自体は空色ではないと思う。
勝手な憶測なので、「空色だよ!」と作者に怒られるかもしれませんが。


1.27.2012

ともだちのなり方

先日、時間をかければともだちになれるかも、と思う人と出会った。

私をよく知る人にとっては言わずもがなの事実なのだけど、私は昔からとても人見知りで、よく母に、「あんたは小さいころ、知らない人に会うとすぐ私の後ろに隠れて、そこから相手を睨みつけていた」という話をされる。母親の後ろに隠れるのはまあわかるけど、相手を睨みつけるのはどうだろう、と我ながら思う。でもきっと、小さな私にとって、攻撃は最大の防御であったのだ。

そんななものだから、前にちらりと顔を合わせたことのあるその子と先日ばったり再会したときには、先に気づいたのが私だったので、声をかけようかどうしようかとても迷った。でも次の瞬間には声をかけてしまっていた。特に理由はなく。それから、少し世間話をして、今度一緒にお昼でも、という曖昧な約束をして、別れた。まだその約束は果たされていない。

少しの世間話の中で、あれ、もしかしてこの子もけっこう人見知りなのかな、と思う節があった。違うかもしれないけど。でも、あまり弁がたつ方ではないものどうしのゆるめの共鳴めいたものがあり、時間をかけたらともだちになれるかもしれないな、と思った。

まあだいたいにおいて、人間関係を築くのにはある程度時間が必要であることは一般論としていえるだろうけれど、時間をかけたからいいというものでもない。ことに恋愛となると、時間なんかかけない方がいいに決まっている、と個人的には思っている。でも、ときにそんなともだち予感を感じるのは、とてもわくわくするものだなと思った。
近いうちに、あの子にメールを書いてみよう。


1.25.2012

ヒーローときどきがいこくじん

きらいじゃないもの

・メキシコのカフェで、英語でサービスされること。
めったにないが、観光客や外国人の多い地区ではときどきある。
"Finished?"
わるくないので、当然、英語で返答する。

・スターバックスのチョコレートマフィンのチョコレート色。
いわゆるアメリカンなマフィンで、その色はチョコレート色というよりむしろ黒に近い。黒人のしなやかな肌の色を連想させるような、気を抜かないチョコレート色が、きらいではない。

・息子のお迎えに若干遅れること。
いつもはお迎えの車が通る門が開く前に幼稚園に着くのだが、これまでに2回だけ、開門後に到着したことがある。車の時計に目をやると、開門時間を2分過ぎている。きっと息子があれ?って首を傾げてる。「待ってろ、今いくぞ!」って、スーパー・ヒーローのような気持ちになる。
スーパー・ヒーローというのは、いつも約束の時間に少し遅れてるような気持ちなのかもしれない。


1.20.2012

今年もれっしゃが好き

なぜか数車両行方がわからないプラレール。

最近息子のお気に入りの日本語は、「〜みたい」を使う直喩です。
きっかけはママとのにらめっこ「あっぷっぷ」でした。息子がほっぺを両手で押さえて可笑しいので、「にーにょ、ぴよちゃんみたいねぇ」とコメントしていたところ、真似して「ママ、ぴよちゃんみたいねぇ」と言うようになりました。その後、いろいろとバージョンが増えて、ある日「ママ、しょうなんしんじゅくらいんみたいねぇ」と言われてびっくり。顔が湘南新宿ラインみたいって、どんなでしょう。今は直喩なのでまだいいですが、メタファーを覚えて「ママは湘南新宿ラインだ。」とか言われたら、どんなメタファーであれいやですね。

相変わらず列車好きの息子は、図書室で借りてきた新年第一号はまたしてもちゅうちゅう。これで3回目です。そして飽きずに毎晩読みます。機関車には「たんすいしゃ」がついていて、炭水車には「おみず」と「せきたん」を積んで、そのうしろに「かしゃ」や「きゃくしゃ」を「れんけつ」させることをちゃんと知っています。かねはカンカン鳴るし、汽笛はポッポーと鳴ります。それから、機関車の周りには、「きかんし」と「きかんじょし」と「しゃしょうさん」がいることも知っています。
ちなみに息子は機関助士になりたいらしい。微妙…。

きちんと調べたわけではありませんが、九州にはSLは走っていないのではないかと思われます。門司に小さな汽車に乗れる公園があるみたいですが。とすれば、長崎から一番近いのは山口の「SLやまぐち号」か。
ダントツでSLが多いのは北海道ですよね。行ってみたいな。

1.16.2012

いっちょまえのくちをきく


最近の息子の言動です。

1。先日開催された幼稚園の餅つき大会で、初めておもちと「さとうじょうゆ」の存在を知った息子は、特に後者を非常に気に入ったようでたくさん食べてたらしく、連絡帳に「500円玉くらいのおもちを6、7個たべました」と書いてあった。私もさとうじょうゆ大好き。


2。ある週末のこと。おでかけするよと赤いリュックにりんごやチョコレートを詰め込んで、元気よく車に乗り込んだところ、「これも あるよ!」とダウン・ベストのポケットから電話の子機が出てきた。なんで電話なんてもってきたのかびっくり。ポケットに入ったこともびっくり。
「でんわ するよ!」だって。たしかにそのためのものですからね!


3。ルチャリブレの人形で遊ぶのが好き。1対1で対決させる。"A luchar!!!"(闘いだ!)でスタート、ぶつかって2体とも負ける設定のよう。ちなみにカーズのミニカーも同じような具合に遊ぶ。負けるときの決め台詞は「ばいばいき〜ん」。


4。くつを履くときにいつも左右を間違えるので、「にーにょはあわてんぼうだね。」というと、「ママがあわてんぼうじゃない?」と反論された。なので、「じゃあ、にーにょとママはあわてんぼうだから、いっしょだね。」というと、「じゃないもん! にーにょはあわてんぼうじゃないよ。ママはあわてんぼう。」とのこと。
あわてんぼうの意味、知ってるのか…?


5。寝る前に絵本を読んでいるとき、ママ、大きなあくびが出まして。そしたら、「ママ、ねむいの?」と真顔でいわれてびっくりした。


6。ママが夕食の準備でバタバタしていたときのこと。しばらくひとりでご機嫌に遊んでいたのだけど、突然「できない〜」と言いながら息子が台所の方へやってきた。手にはミニ・パトカーと小さな車掌さんの人形をもっていて、なんでもパトカーのドアを開けて運転席に人形を乗せたいのだけど人形が大きすぎて(あるいは、ミニカーが小さすぎて)入らないらしい。ああ、それはこまったねぇと一応相づちを打ってから、人形をテープでパトカーの上にくっつけてはどうかと提案してみると、お気に召した様子。上手に固定できたので、喜んでまたご機嫌に遊びだした。

しかし数分後、また台所にやってきたのでどうしたのかと尋ねると、「ママ、タポカーのドアが あかないの」と言う。
…たしかに!
人形を固定したテープがドアの部分まで覆ってしまい、開かないのです。
人形を乗せたかわりにドアは開かなくなったのよ、こういうのをトレードオフっていうのよ、世の中の多くのものごとは本質的にそうよ、
と話してきかせたところ、
「とえーどおふ?」
ときょとんとしていて面白かった。


1.14.2012

あなたは走りますか?


本日、イケメン医師ドクトル・カルデナス再訪。否、再受診。
そこで、今日は思い切って訊いてみました。

"¿Usted corre, Doctor?"
(直訳すると、"Do you run?"「あなたは走りますか?」すなわち、「あなたはランナーですか」という質問)
"Sí, pero ¿Por qué?"
(ええ、そうです。でも、なぜわかったの?)

やっぱり!
「本棚に並べてあった『トライアスロン』という本を見て、そうかなあと思って」というと、ああ、と合点のいった顔をして、「実はトライアスロンをやるんだよ」とおしえてくれました。

「あなたは走りますか?」
・・・変な日本語ですけど、文法的にはどう説明するのだったか、現在の習慣や日常的に繰り返し行なうことを述べるときには現在形を使います。私の限りなく精鋭度を失った英語の感覚によれば、英語で同じことを訊く場合には"Are you a runner?"の方が自然なのかなという気はしますけど、"Do you run?"でも、若干ニュアンスが変わってきそうですが、同じ意味になりそうです。

私はこの西語や英語の用法が、好きか嫌いかでいえばとても好きです。
"Do you run?"
という質問は、大げさかもしれませんが、その人の生き方にかかわる本質的ななにかを問うているように思えるからです。日々、何を大事にして生きているのか。その人にとって生きることとは何なのか。すなわちこれが、「習慣」を表すことにつながるのでしょう。

また、この質問にYESと答える場合には、少なからずそこに「プロ」の自負のようなものが匂ってきます。もちろん、厳格な意味でプロでなくったって構わない。その人がそこにプロ意識を見いだしているかどうかが重要なのです(そういえば、職業を尋ねるときは "Qué haces?" "What do you do?" 現在形の基本動詞doですね)。
"Do you write?"と訊かれてYESと答えるならば、それで食ってるライターや作家である必要はないけれど、それでもやはり何かを「懸けて」書いていなければならないわけです。

"Do you read?"
"Do you write?"
"Do you act?"
"Do you sing?"

Yes, I read.

そう自信をもって答えたいものです。

1.13.2012

セロリのきず


大人になってから食べられるようになったものに、セロリがあります。食べられるようになったどころか、好きな野菜を3つあげろと言われたら、迷わずセロリはランクインするほどです。アメリカに住んでいたときは、バッファロー・ウィングスの付け合わせの生セロリが妙に好きで、同じくセロリ好きの友人といつもセロリだけをおかわりしていた思い出があります。ブルーチーズ・ディップとの組み合わせを最初に思いついた人には、それ相応の賞を与えるべきだと思いますね。

それから、スープに入っているセロリも、外国のいわゆる「チャイニーズ」に入っているセロリも、あとツナ・サラダに入っているセロリも、とても好きです。しょっぱい味や複雑な味によく合うのは、セロリが他の誰にもない個性をもっているからでしょう。
負けないのです。

このようにセロリについては一目置いている私ですが、セロリを買って冷蔵庫に入れておくと、冷蔵庫全体が、そしてとなりのシュークリームまで、セロリの匂いになってしまうところが玉にきずだなあと思います。
・・・玉にきず。
うまい慣用句ですね。

「その小さな傷さえなければほとんど玉なのだけど、いやむしろそんな傷なんてどうでもよくて私にとっては完全な玉に等しいのだけど、しかしよく見るとたしかに小さな傷があるよね、でもおそらく、君が本当に無傷の完全な玉であったなら、私はここまで君に夢中でないかもしれない…」

といった気持ちがよく伝わってくる表現だなあと感心します。
きずあってこそ玉、なんでしょうね。

そんな「役に立たない」ことばかり考えているとあっというまに一日は過ぎてしまって、あああって。ちなみに息子はセロリが好きです。文句を言わずに食べる野菜のひとつであるという意味においてですが。
セロリが好きなこどもなんて、ガイコクジンみたいだな!と思います。

1.10.2012

従兄弟どうし[冬休み]

クリスマスイブの夜は、従兄弟たちが集まって愉快に遊びました。

左から、ディエゴ、エステバン、アレックス、息子。
日本では来春公開らしい『長靴をはいたネコ』のDVD(無論、この時期に出ている=海賊版です。すみません。)を鑑賞中。こうなる以前にかなり大騒ぎしたので、皆だいぶおとなしい。


おにいちゃんのアレックスのことも大好きな息子ですが、年が近いせいか、エステバンと遊ぶのが一番好きみたい。
カルピンテーロ湖にて。

テンションが高い・・・。

エステバンのすることはなんでも真似したい息子。

毎日一緒で楽しい冬休みだったようです。

1.07.2012

ドクトル・カルデナスと村上さん


  サンタと交渉中↑


帯状疱疹のその後ですが、昨日まで経過が芳しくなく、というのも抗ウイルス剤のおかげで水ぶくれは増えなかったのですが、とにかく痛い(ちなみに腕の内側にできました)。痛み止めが効かないし、気持ち悪いし。そこで、元旦の救急で紹介してもらった内科医を受診することに。
やれやれという気持ち。

しかし!
診てくれたドクトル・カルデナスがとってもいい男で、一気に気分が回復する(たぶん50代で、おそらくランナー。その体つきと、本棚に並べられた医学書の間にあって異色の存在感を放っていた「トライアスロン」というタイトルの大判の本からして)。そして、6種類もの薬を処方される。2つは日本でもおなじみらしいゾビラックス(飲み薬と軟膏)で、残りは痛み止めらしい。そしてその痛み止めのうちの一つ(昼ご飯と一緒に飲め、と言われた。食間?だとしたら食事中という解釈は間違っている)が劇的に効いて、今や帯状疱疹にかかっていることをまったく忘れるくらい痛みから解放されました!ばんざい!ドクトルありがとう。

ランナーといえば村上春樹です。
箱根駅伝のサッポロビールのCMもHPで見てしまいました。
先日国際交流基金というところの図書館があることを知って、近くに行ったついでに案内してもらったときに、村上春樹著『若い読者のための短編小説案内』(文春文庫、2004年)を借りてきました。本の中で紹介されている短編小説はなんと一冊も読んだことがなかったのですが、「僕にとっての短編小説」と「まずはじめに」の章で述べられている短編小説の書き方が非常に興味深かった(もちろん本編も面白かったです)。長編小説の書き方については、『走ることについて語るときに僕の語ること』において述べられていたと思います。

研究者にとって長編小説とは、博論やそれに類する規模の大きい論文であり、短編小説は、より小規模の小論文や研究ノート、書評という風に置き換えられるかもしれません。ただ、おそらく言えることは、優れた小説を書く方が優れた論文を書くよりも難しいだろう、ということですが。

「しかし現実問題として、長編小説を一冊書き上げるにはずいぶん長い時間がかかりますし、多大のエネルギーが必要とされます。それなりの準備も必要だし、覚悟も必要です。いつもいつも書けるというものではありません。一冊長編小説を書き上げると、心身共にへとへとになってしまいます。
(中略)
 それに比べると、短編小説を書くことは多くの場合、純粋な個人的楽しみに近いものです。とくに準備もいらないし、覚悟みたいな大げさなものも不要です。アイデアひとつ、風景ひとつ、あるいは台詞の一行が頭に浮かぶと、それを抱えて机の前に座り、物語を書き始めます。プロットも構成も、とくに必要ありません。頭の中にあるひとつの断片からどんな物語が立ち上がっていくのか、その成り行きを眺め、それをそのまま文章に移し替えていけばいいわけです。」

ああ、この辺、すごくよくわかるなあと思いました。もちろん、村上さんも述べているように、「『短編小説なんて簡単に書けるんだ』と言っているわけでは」なく、物語をゼロから作り出すというのはやはりそれなりに大変な作業なわけですが。

短編小説、すなわち私にとっての小論文や書評を書く上で、参考になったことと、すごくよくわかるなと思ったことを、書き留めておこうと思います(「」の中は、本書からの引用です)。

・短編の枠組み自体は一息でさっと書いてしまって、書き直しに時間をかける。
・ひとつのフラグメントの中に「何か大事なものが込められている」という感覚を大事にする。
・短編小説を、ひとつの実験の場として、あるいは可能性を試すための場として使ってみる。
・「逆の言い方をすれば、作家は短編小説を書くときには、失敗を恐れてはならないということです。」
・「そしてほとんど一息でこの話を書き終えたあと、ふと気がつくと、僕は回復していました。落ち込みの時期はもう終了していました。逆に言えば、僕は自分を回復させるために、この作品を書いたようなものかもしれません。短編小説にはそのような具体的な効用もあります。」

私にとっても先日書いた短い書評は、まさに自分を回復させるために書いたところがあって、そして書き終わったあと、本当にそうした効用を実感したのでした。

長くなりましたが、今日はこの辺で。

1.06.2012

サンタさんのプレゼント

くしゃみをするときに目をつぶらないようにすることは、
かなり難しいかほとんど不可能ですね。
今朝、運転中に思いました。
くしゃみをした直後に
横から急に車が入ってき(たように見え)てびっくり。

さて、本題のサンタさんのプレゼントです。
果たして、マテをもってきてくれました!
朝目覚めた息子は、すぐに飛び起きて用意しておいたくつしたに直行。
「さんたさん、きたよぉ・・・」
起きたばっかりでぼーっとしてましたが、若干いつもより興奮気味でありました。


さっそく大喜びで遊んでいる様子。

マックイーン、フランチェスコ、マテしか今のところママには名前がわかりません。マックイーンとフランチェスコは、昨年の夏に長崎のいとこちゃんが、写真のものより一回り大きいサイズを息子にプレゼントしてくれたのですが、あまりに遊びすぎてどちらもボロボロになってしまいました・・・。でも、テープでとめたりして(「しゅうりこうじょう」なんだそうです)、今でも大事に遊んでいます。


日本でクリスマスのプレゼントといえば、なにか1個だけのイメージですが、メキシコではびっくりするほどいくつももらえます。ニンテンドーDS、自転車、セーター、野球バット、ミニカー、とか(息子のいとこエステバンが実際にもらったものです)。サンタさん、気前よすぎ。私もはじめ、息子がもらえるのはマテだけだろうと思っていたのですが、まわりから「それはかわいそう」と非難され、結局全部で20個くらいのミニカーとトーマスの仲間たちをもらってました。

ちなみに明日は「三賢人の日」で、こどもたちはまたしてもプレゼントをもらえます。もともとメキシコでは、クリスマスよりもこの三賢人の日にこどもが贈り物をもらう習慣の方が一般的だったらしいです。まだ受動的なプレゼントのもらい方をしている息子ですが、もっと意味がわかってきて、積極的に欲しいものリストを作り出したら、恐ろしいことです。

1.04.2012

謹賀新年

明けましておめでとうございます!
素敵な新年の始まりをお祈りいたします。


私の新年はあまり素敵な始まり方をしなかったのですけど、というのも人生初の帯状疱疹にかかり、元旦の夜に病院に行きました・・・。はじめはメキシコだけに変な虫に刺されたのかと思っていたのですが、なんだかどんどん腫れるし、痛いし。帯状疱疹というスペイン語がわからなかったので、「バリセラ(水ぼうそう)です!絶対!」と訴え、頭の良さそうな女医さんに笑われました。「ウイルスは一緒だけどね」って。帯状疱疹はスペイン語でHerpes Zosterというそうです。

帯状疱疹になって唯一よかったことは、今後また自分がなったり、周りの誰かがかかったりしたときに、「それは虫さされではなくて帯状疱疹だよ」と言ってあげられることでしょうか。人は未知のものに対しては評価を下すことができないですから。。。

そしてもう正月も三日なのですが、今日から息子は幼稚園です。日本の三ヶ日のような穏やかさはなく、すでに日常が動き出しています。幼稚園のおかげで再び朝にまとまった時間がとれるようになったので、3ヶ月ほどちょっと横にどけておいた博論の改稿を開始しました。
腹をくくって。
新たな気持ちで。
とにかく今度こそは、丁寧に、書き上げるのだと、決めました。

それにしても、私には小説は書けないから論文を書くのかもしれない、と思うことがよくあります。書くことは少なからず自分との対峙であり、逃げないようにしたいと思います。

そうだ、息子はクリスマスプレゼントのマテとその他カーズの車たちをとても喜びました。そのうち冬休みについても書きますね。