なぜだか近所に一つはあるもの。
どこに住んでも必ずあるもの。
それはネコ屋敷である。
玄関先や生け垣の間、屋根の上にも軒先にもネコがふてぶてしくうずくまっている。たいていの場合「外」に対しては愛想はわるく、内向き志向の性格である。僕が乳児期を過ごした東京・中野の商店街にも、例に漏れないネコ屋敷が存在した。穏やかな冬の昼下がり、お陽様を求めてしなやかな体躯のネコたちが屋敷の窓際に現れると、小さな僕は音を立てて笑い、喜んだ。僕はうんと小さい頃から、犬よりも断然ネコ贔屓なのだ。
長崎のばぁばのうちの並びにも、この辺りでは地味に有名なネコ屋敷がある。普段は僕が安易に近寄っても、決して体をなでさせてはくれない誇り高きネコたちなのだけど、今日は屋敷の玄関先で、白に黒のドットの入った小さな子猫をみつけた。ちょん切れたようなしっぽが特徴の、立派な長崎野良ネコである。僕がそっと近寄ると、一瞬びくりと体を震わせて、それから僕の指の匂いを嗅いでペロリとなめた。かわいいな! 嬉しくなって子猫の背中をなでてやった。子猫は「ミャーオ、ミャーオ」と気持ち良さそうにないた。
すると突然玄関の戸が開いて、家主のおじさんが顔を出した。怒られる!と思った僕は、慌ててママの方に駆け寄って、彼女の後ろに隠れた。おじさんが言う。「持っていきたかったら、持っていかんね。こんネコたちは、みんな野良よ。うちのじいさんが餌ばやるもんやっけんね…。」それを聞いて僕はママに言った。「僕はまだ『ミャーオ』ってなくネコは持ってないんだよ。僕のにゃあにゃは『ミャーオ』って言わないんだよ。僕は『ミャーオ』ってなくネコが欲しいんだよ。」ママは目を丸くして驚いて、「そうなのか。それなら仕方ない」と言って、おじさんに「じゃあこのネコ、いただいて帰ります」と言った。こうして僕と子猫はきょうだいになった。子猫は「パンダ」と名付けられた。
12.19.2012
ばかげてる、と3回くらいは叫んでおきたい
選挙もばかげていたし、日本の新聞を開いてもちっとも面白いことがないので、ウルグアイの新聞をまずは朝からチェックするのが日課である。そうすると、「病身のチャベス(ベネズエラ大統領)のために、ムヒカ(ウルグアイ大統領)がミサで祈祷する」とか、なんとも素敵なニュースが一面だったりするので、とてもよい一日のスタートを切ることができる。ムヒカは社会主義者で無神論者なのであるが、閣僚、党関係者と一緒にミサに列席し、「こういうときには、祈るしかないんだ」と控えめに発言する。ムヒカみたいにフェアな人が国のリーダーだったらいいよなあと思う。
朝日新聞の調査では、投票に行かなかった人の行かなかった理由でダントツ多かったのは、「投票しても政治は変わらないから」というものでしたが、まったく同感ですよね。。それが問題ですよね。。
朝日新聞の調査では、投票に行かなかった人の行かなかった理由でダントツ多かったのは、「投票しても政治は変わらないから」というものでしたが、まったく同感ですよね。。それが問題ですよね。。
12.11.2012
ペレーヴィンと小説の可能性について
ロシアの作家、ヴィクトル・ペレーヴィンがすごい。
『宇宙飛行士オモン・ラー』を読んだときにこりゃ面白いと思ったのだが、『チャパーエフと空虚』を読んでワクワクは確信にかわった。暇な方にはどうぞお勧めしますよ!
ちなみに翻訳は、チャパーエフの方が格段によかった。他の作品も読んでみたいと思っているが、こういう「周辺国文学」は文豪レベルじゃないとなかなか文庫にならないから、一冊がいちいち高くて玉にきずである。
上の二冊は、いずれも扱われる題材は完全に20世紀的である。革命とか、国家とか(ミラン・クンデラが『冗談』をラブ・ストーリーだと主張するようなことをペレーヴィンもやるとしても――きわめて起こりえそうに思われるけれども――少なくとも背景となる舞台装置のテーマは)。先日友人と紅葉狩りに行った際に話題となったことの一つに、「小説は終わったフォーマットなのか?」という問いがあったのだけど、これについては私はまだよくわからない。彼が言うように、21世紀の少なくともここ日本において、皆が共通して信じられるような理念や理想なんてものが存在しないのだとすれば、そして各人が、(国家や政治変動、戦争といった個人の手を離れた事象に流される客体としてではなく)自分の思いのままに世界を作り替えることができる主体としての位置づけを確立したのだとすれば、たしかに小説という媒体には「21世紀的な」限界があるといえるのかもしれない。それでもなんとなくそう割り切れないのは、おそらく以下の二つの理由からだと思う。
(1)20世紀的テーマは、世界にまだ確実に残っている。
(2)規範的な問題として、日本の文化的アトム化現象(と今私が勝手に名前をつけた)に賛同しかねる(もちろん、私が賛同しようがすまいが、文化的流れというものがそこに力強くあるとすれば、その存在は否定できないけれども)。
こんなことを書くと、自分が頭の固い保守主義者のように思われてくる。(1)については私が政治学や途上国に接する機会が多いために、相対的にバイアスがかかっていることもあろう。私が日常接する「世界」では、革命もクーデタも職権濫用も不正も貧困も階級すらなくなっていない。(2)については私の無知からくるところがとても大きいし、これを21世紀的価値と名付けるなら、21世紀価値と20世紀的価値はそもそも相反するわけではないのかもしれない。検討を要する。
ペレーヴィンもそうなのだが、私が惹かれる文学は、非常に個人的な経験を描きつつ、その奥、あるいは上にあるどろどろとしたつかみ所のない――しかし、確実に触知できる――「権力」や「時代」のようなものの歪みや偏りを描き出すような、そういうもののようである。こう書けば陳腐にきこえるけど、なかなか実際これに成功している作家はそうはいないのかもしれない。小説から「共感」をとってしまえば、おそらくあまりたいしたものは後には残らないだろう。その意味で21世紀において小説は終わったとする説にも、弱々しくも首肯してしまう次第なのである。
『宇宙飛行士オモン・ラー』を読んだときにこりゃ面白いと思ったのだが、『チャパーエフと空虚』を読んでワクワクは確信にかわった。暇な方にはどうぞお勧めしますよ!
ちなみに翻訳は、チャパーエフの方が格段によかった。他の作品も読んでみたいと思っているが、こういう「周辺国文学」は文豪レベルじゃないとなかなか文庫にならないから、一冊がいちいち高くて玉にきずである。
上の二冊は、いずれも扱われる題材は完全に20世紀的である。革命とか、国家とか(ミラン・クンデラが『冗談』をラブ・ストーリーだと主張するようなことをペレーヴィンもやるとしても――きわめて起こりえそうに思われるけれども――少なくとも背景となる舞台装置のテーマは)。先日友人と紅葉狩りに行った際に話題となったことの一つに、「小説は終わったフォーマットなのか?」という問いがあったのだけど、これについては私はまだよくわからない。彼が言うように、21世紀の少なくともここ日本において、皆が共通して信じられるような理念や理想なんてものが存在しないのだとすれば、そして各人が、(国家や政治変動、戦争といった個人の手を離れた事象に流される客体としてではなく)自分の思いのままに世界を作り替えることができる主体としての位置づけを確立したのだとすれば、たしかに小説という媒体には「21世紀的な」限界があるといえるのかもしれない。それでもなんとなくそう割り切れないのは、おそらく以下の二つの理由からだと思う。
(1)20世紀的テーマは、世界にまだ確実に残っている。
(2)規範的な問題として、日本の文化的アトム化現象(と今私が勝手に名前をつけた)に賛同しかねる(もちろん、私が賛同しようがすまいが、文化的流れというものがそこに力強くあるとすれば、その存在は否定できないけれども)。
こんなことを書くと、自分が頭の固い保守主義者のように思われてくる。(1)については私が政治学や途上国に接する機会が多いために、相対的にバイアスがかかっていることもあろう。私が日常接する「世界」では、革命もクーデタも職権濫用も不正も貧困も階級すらなくなっていない。(2)については私の無知からくるところがとても大きいし、これを21世紀的価値と名付けるなら、21世紀価値と20世紀的価値はそもそも相反するわけではないのかもしれない。検討を要する。
ペレーヴィンもそうなのだが、私が惹かれる文学は、非常に個人的な経験を描きつつ、その奥、あるいは上にあるどろどろとしたつかみ所のない――しかし、確実に触知できる――「権力」や「時代」のようなものの歪みや偏りを描き出すような、そういうもののようである。こう書けば陳腐にきこえるけど、なかなか実際これに成功している作家はそうはいないのかもしれない。小説から「共感」をとってしまえば、おそらくあまりたいしたものは後には残らないだろう。その意味で21世紀において小説は終わったとする説にも、弱々しくも首肯してしまう次第なのである。
12.10.2012
11.29.2012
ふゆのいいわけ
さむいですね。
先日の、「おつきさまがまるいのは、はっぱをたべたからだ」という息子の発言ですが、なぜそのような因果関係が? と思いトイレで考えていたところ、なるほど、エリック・カール著『はらぺこあおむし』に着想を得たのではないかと思い至りました。実際の絵本では、はっぱの上の小さなたまごを丸い月が見守っているのですが、その後あおむしがはっぱを食べておなかの調子が快復するくだりとか、いろいろ混ざっているのだと思われます。
ちかごろ近所のあちらこちらで、蜜柑かそれに類する柑橘系の果物が、たわわ、たわわに実っているのをみかけます。深緑の葉の生い茂る低木に、鮮やかな橙色がとてもよく映えます。きわめて日本的な色合いです。あたかも一晩のうちに現れ出たかのように唐突なくせに、ずっと以前からそこにあったような顔もしている。だったら私の論文に矛盾があったって、一体なんの不思議があろう!
先日の、「おつきさまがまるいのは、はっぱをたべたからだ」という息子の発言ですが、なぜそのような因果関係が? と思いトイレで考えていたところ、なるほど、エリック・カール著『はらぺこあおむし』に着想を得たのではないかと思い至りました。実際の絵本では、はっぱの上の小さなたまごを丸い月が見守っているのですが、その後あおむしがはっぱを食べておなかの調子が快復するくだりとか、いろいろ混ざっているのだと思われます。
ちかごろ近所のあちらこちらで、蜜柑かそれに類する柑橘系の果物が、たわわ、たわわに実っているのをみかけます。深緑の葉の生い茂る低木に、鮮やかな橙色がとてもよく映えます。きわめて日本的な色合いです。あたかも一晩のうちに現れ出たかのように唐突なくせに、ずっと以前からそこにあったような顔もしている。だったら私の論文に矛盾があったって、一体なんの不思議があろう!
11.27.2012
11.21.2012
限りなく黒に近いグレー
現実と妄想の間を3週間ほど行ったり来たりしていましたが、どうにか懸案だった投稿論文が間に合い、晴れて腰の痛みとわずかばかりの解放感が残りました。
そこで、とりあえず朝から上野の東京都美術館に行ってきました。行く日時は完全に失敗でしたが(なんとシルバーデーで65歳以上無料。無論老人で溢れかえっていた)、久々の美術館は楽しかったです。物語性や寓意のある中世の絵が面白かったなあ。トイレに貼って細部まで眺めたいなあ。
どこだったか忘れたけど先日どこかで、「オルセーの改修工事が終わり、新しい壁は限りなく黒に近いグレーになった」という記事を目にしました。限りなく黒に近いグレー! その壁を見にいきたいよ。たしかその記事によれば、それは「印象派絵画の色合いをもっとも引き立たせる」背景色なのだそうです。しかし、今日行った展示でルノワールが2点来てましたが、どちらもイマイチ良さがよくわかりませんでした。オルセーのルノワールは、それはもうすごいのでしょうねえ。
11.13.2012
ぱんく
は? パンクとか日本でありえないから。
いまどき新車買ってもスペアタイヤなんて積まれてないし。
エコだよ、エコ!
と、メキシコ人諸兄に豪語していた私であるが(メキシコにてタイヤパンク1回、未遂1回の経験あり)、なんとこのたびここ日本でタイヤをパンクさせた残念な人は、私である。
いやー、パンクするものですね!
なんか太いボルト状のものを、なんかうまい具合に踏んでタイヤにぶすっと突き刺してしまったみたいなのですよ。どこで、どのようにそれが可能となったのか、皆目見当がつきませんが。
車やさんの優しい営業ミナモトさんがすぐに助けてくれたので、特に困った事態には陥りませんでしたが、パンクさせた私が一番びっくりしましたね。メキシコ人諸兄にはまあ別に言わないでもいいかなと思っているところである(「怠り」は「嘘」ではないとの判例解釈をひきつつ)。彼らの(技術・道徳・秩序などの多要素における)親切な日本礼賛に疑念を抱かせるのははばかられるし(わかりやすいことはときにいいことだ)、なにより恥ずかしいからねー。
11.12.2012
ぼくのがっこう
息子と日曜日に大学へ。
息子はママの学校が大好きで――それはなぜかというと、そこら中にドングリが落ちてて、池に太った鯉がいて、石や葉っぱを投げて遊べるからなのだが――週末によく「ママのがっこうにいこうよ〜」とリクエストが入る。
ぼくはもう いっぱい ちゅうくらいのこどもになったよ
だから つぎは おおきいこどもになるよ
おおきいこどもになったらね もうほいくえんにはいかないよ
おおきいこどもになったらね ままのがっこうにいけるのよ
太った鯉がいる三四郎池。
寒かったので、買ってきたおにぎりはママの研究室でこっそり食べました。息子は研究室のこともいたく気に入って、「おしごとごっこ」をして遊んだ後、もってきた変身セットでながぐつをはいたネコになりました。
きょうじゅにみつからないようにね!
11.10.2012
11.05.2012
研究雑感
修士課程に入ったばかりの時分、ラテンアメリカ政治の勉強をしていたところ、アルゼンチンのある時期の政治状況のことを指して"impossible game"といった学者がいて、うまいこというなあと感心したことを覚えている。なにが"impossible game"なのかというと、当時アルゼンチンの主要政党の一つを軍部が完全に嫌悪していて、でもその政党は人気があったので民主的な選挙をやるとそこが勝っちゃうんだけど、そうすると軍がクーデターをやって政権を奪取する。だから民主主義が続かない。インポッシブル・ゲーム。なるほどなー、人生にも多くのインポッシブル・ゲームがあるな、とくだらないことを思ったのだった。しかしそれでもアルゼンチンは民主化しましたからね!!
このインポッシブル説の学者がものすごく有名ですごい人だったと知ったのは、これより幾分か後のことだったのだが、とにかくすごい人だった。アルゼンチン人の彼は、なぜアルゼンチンで民主主義が続かないかを考え、なぜアルゼンチンで長期軍政が誕生したかを考え、その後にはなぜいわゆる民主化の第三の波が起こったかを考え、さらにはなぜ新興民主主義の質が悪いかを考え、最終的にはより実践的にどうすれば民主主義がよりよくなるかを考えた。政治学の理論面でもその貢献は大きく、ラテンアメリカ専門の者以外でも、政治学をやる人で彼の名前を知らない人はいない。実はこの人、昨年の冬に亡くなってしまったのだけど、生身の人間としての彼はいったいどんなことを考えながら研究をしていたのだろうととても気になっている。絵や音楽を理解するのに、画家や音楽家の思想やその人生を知ることが必要であるように、ある研究を理解するには学者について知ることが必要である気がする。逆にいえば、その学者について知ることで理解が深まるような研究は、本質的に素敵だ。博論が終わったら取り組んでみたいテーマです。
11.03.2012
11.01.2012
近況
誕生日でもないのにホールケーキ。
小さいのにしようよと誘ったのに聞き入れてもらえず。
ひとり半分ずつ食べましたよ!!
さいきんの桃亀は、
相変わらずトイレで詩を愛でたり、
論文を書いたり、
論文を書いたり、しています。
さいきんの子亀は、
「マジレンジャーは まほうで たたかうよ!」
とか
「ゲキレンジャーは せいぎのちからで たたかうよ!」
とかおしえてくれます。
せいぎか〜。
先日脱脂綿に水をふくませ、丹波の黒豆を5粒まいていたところ
ほっといたらすごいことになってきたので、
そのうち写真を載せますねー。
これで「ジャックと豆の木」はなぜ「豆の木」でないといけなかったか
得心がいくかと思いますよ!!
10.24.2012
10.23.2012
おひるごはんにしましょう
朝から牛すじ肉をコトコト煮込んで作りました。
スープが美味しい季節ですね。
自家製の浅漬けは——といってもスーパーで見つけた粉末の素をもみこみ寝かせるだけですが——昆布だしが効いててうまいのですよ〜。
本日の関東地方は、なんだか人肌恋しい空模様です。
スープが美味しい季節ですね。
自家製の浅漬けは——といってもスーパーで見つけた粉末の素をもみこみ寝かせるだけですが——昆布だしが効いててうまいのですよ〜。
本日の関東地方は、なんだか人肌恋しい空模様です。
10.22.2012
えくせる先生へ捧ぐ詩
えくせる先生のつかい方が
よくわからないだけで
きわめて多くのじかんを
無為にすごしてしまっている。
なにもぜいたくをいっているわけではないのです。
私がほしいのは
ちょっとした折れ線グラフだけなんです。
こんなことなら
はじめっから基礎をべんきょうして
つかい出せばよかったね。
無為に肩のこった時間を合わせれば
基礎習得に必要な勉強時間の
ゆうに3倍はいってるね。
ああ、でもここでちゃんと勉強し直すなんて、
文庫待ちしてた小説を
せっかく半年待ったのに
結局待ちきれずに単行本で買っちゃうような
くやしさなのですよ!!
10.21.2012
10.18.2012
たんたんたんじょうび
誕生日だ!
ということで、なにかやらなくちゃ(それもなるべくなら自分の好きなことを)という義務感に駆られ、とりあえず半年くらいさぼっていた(それはもう「さぼっていた」とはいわない)ランニングを再開し、それから町の本屋に出かけました。特に思想のある本屋ではなかったですが、ぶらぶらと本を手に取り眺めるのは楽しいですね。結局買ったのはこの二冊。
絵本の方は昔小さい頃に読んだ記憶がありますが、今読むとだいぶ斬新です、トルストイ。くまといえば、『くまはおうじさま』というヘルメ・ハイネ作の絵本があるのですが(絶版。『モモ』の訳者大島かおりさん訳)、こちらも結末に衝撃を受けますが、『3びきのくま』もなかなかどうして負けてはいません。「え、これで終わり?!」という唐突な終わり方、意外にもこどもは結構好きなんですよね。何か「寓意」を見いだしたいのは、大人の悪い癖なのでしょうか。こどもはもっと、自由に楽しめるんですよね。「このミシュートカの小さい椅子は僕のみたいだね。」とか。
もう一冊の、『フランス流 はじめての名画の見方』というひどいタイトルの本は、原題はとてもいい "Comment parler d'art aux enfants" というもので、たしかに日本語に訳しにくいけど、『芸術についてこどもに語るときの語り方』といったところでしょうか。世界の主要言語に訳されているとかで、調べてみたらスペイン語版もありました("Como hablar de arte a los niños")。最近息子が、大好きなオリビアの絵本に出てくるドガのバレリーナの絵とポロックの抽象画に興味を持っていて(ポロックの絵はオリビアみたいに自分にも描ける、でもはみ出さないように画用紙に描くよ、と言う)、一緒に絵を観れたら楽しいだろうな〜と思っていたのです。すごくいい本です。先に書いたこどもの絵本の楽しみ方にも通じますが、こどもが面白がるポイントって大人よりもずっと自由で、そういうのを大事にするためのヒントが書いてあります。著者はたぶんすごくかしこい人。
本屋を出て、セガフレッドに寄ってカプチーノを飲みました。しばらく後に隣に座った女性のトレーには、真っ昼間から琥珀色のビールが。席に腰を下ろすと、文庫本を読みながらパニーニをビールで流し込んでいた。ヨーロッパみたい。美人だし。(こういう立ち振る舞いと美人の正の相関は非常に興味深い。)
それから、帰りに息子の好きなケーキ屋に寄って、息子にはイチゴのショートケーキ、私にはブランデーの効いたチョコレートケーキを買って、うちに帰って息子を保育園に迎えにいきました。夕食後、ケーキに「2」のろうそくを立てて、お祝いしました(下1桁以外は省略)。
うん、いい誕生日でした。
10.17.2012
10.15.2012
10.10.2012
進め、進め、秋だもの
秋は、食欲の秋でももちろんありますね!
ついうっかり「辛子明太子」を購入してしまい(うっかりさん!)、ごはんが進みすぎて困っています。
多方面から「おい、博論は進んどっとか」というご質問をいただきますので一応お答えしておくと、亀なりにですね、ええ。先日の研究会の後、私を除くと日本で唯一のウルグアイ政治学者の先生と「花とゆめ」系のマンガ話で盛り上がったのですが、彼女はもう一人オランダ政治学者の某先生と一緒に「萩尾望都科研」を取ろうと数年前から画策しているらしく、その構想の一部を拝聴しました。政治学者になったらこんなに楽しい共同研究ができることが明らかになったので、ちゃんととっとと博論を書きあげたい次第です。萩尾望都と政治学、どうつなげるのかいまいちわかりませんが。
食の話に戻ると、どうも中南米生活の反動で「塩コショウ味」というのを舌がまったく受けつけず、なんでもしょうゆベースのたれに漬け込んでしまいがちな秋です。最近はまってるのは、私が勝手に「プルコギ風」と呼ぶ、牛肉と野菜をしょうゆ・みそ・にんにくすりおろし・オイルに漬け込んで焼くだけの一品で、これがまた恐ろしいほどにごはんが進みます。息子も大好きでよく食べます。明日はからあげです。
10.09.2012
秋ですね。
秋は創作の秋ですね!
博論も進むといいなぁ。
先の3連休、暇だねとごろごろしていた桃亀と子亀ですが、絵本を作ろうという話になり、子亀がストーリーを考えて、桃亀が絵と字をかいて、傑作が2本ばかし生まれました。
1作目は「昔々あるところに、海賊船がありました」で始まります。(スペイン語です。Habia una vez...) すると「山みたいに」大きな波が来て、海賊船はひっくり返って、「垢まみれ」になってしまいます。でも、海賊船の船長がせっせと掃除をして磨いたので、海賊船は「まるで新品みたいに」再び綺麗になりました。おしまい!
子亀はこの「垢まみれ」(mugre)になぜかこだわっていて、面白かったです。
もう1本は、はじめ「色」の話だったのに、途中から「赤い忍者を登場させよ。そして悪者と戦わせよ。」という指令が入り、でも結局「オレンジ色はみかん」で終わるという、なかなかシュールな作品となりました。
彼はこれらの作品をいたく気に入ったようで、我が家では寝る前に読む本は3冊までと決めてあるのですが、そのうちの2冊が昨晩からこれらのオリジナル絵本になったため、さっさと読み終わってママはらくちんです。
10.01.2012
新幹線日記
台風が去ったらまた夏がやってきましたけど、大丈夫なんでしょうか。
この週末、某研究会報告のため、桃亀と子亀は仲良く京都に行ってきました。朝五時半起きで東京駅へ! 息子、ほぼ初めてのN700系のぞみ。700系のひかりも同じホームで見れました。2、3本先のホームには、東北新幹線――諸々のMAX、はやて、はやぶさetc.――も登場していて、息子は朝からひとりで大いに盛り上がっていました。
研究会では、子亀はおとなしく桃亀のひざの上で、むつかしいお話をきいていました・・・ということは絶対にありえないので、九州よりばぁば選手登場。午後中、梅小路の鉄道公園などで遊んでもらって、楽しかったみたいです。
翌日は、ばぁば選手はくだりののぞみ、亀たちはのぼりののぞみに乗って、ちょうど同じくらいの時間をかけて、それぞれ自宅に帰り着きました。
9.26.2012
Mi poeta
メキシコに、マルカ(Maruca)さんという、こどもの歌をうたうヒッピーな女性アーティストがいます。2年ほど前に彼女にCDをもらったのですが、以来私と息子は彼女の大ファンで、車の中や自宅で聞きながらよく一緒に踊っていました(こども向けだけに、体を動かす歌も多いのです)。
例えば、息子の好きなコネヒート・ブランコ(しろうさぎちゃん)の歌。
物語調のやぎの歌。
メキシコの昔ながらの遊び歌もあれば、彼女のオリジナル曲もあるみたいです。彼女の新作CDをいただいたので、早速車の中で聞いたところ、こんな歌がありました。
Los ojos para mirar,
las manos para tocar,
la cabeza para pensar,
el corazón para amar.
目は見るために、
手は触れるために、
頭は考えるために、
心は愛するために、あるんだね。
と素敵な歌詞なのですが、ここまで聞いた直後に息子が、
"El corazón para mamá!!" (ハートはママのためだね!) だって!
ふふふ、"amar"と"mamá"を聞き間違えたのですね。
うちの、小さな、自慢の、詩人ちゃんです。
写真は関係ないけど、長崎の高島海水浴場。
大波止から伊王島経由で30分くらいのとこにある小さな島です。
9.24.2012
Playmobil省察
あっは! ポリス来ました!
これらの人形や車、息子の大好きなドイツのおもちゃ"Playmobil"です。メキシコではスーパーやデパートで広く売られています。
youtubeで検索いただくと、このシリーズを使った動画がごまんと出てきます。人形の配置をちょっとずつ変えて、数百枚の写真をつなげるの。「飛行機ハイジャック」とか「農村の風景」とか、ストーリーもよくできてて、世界には退屈を知らない暇人たちがこんなにもいるのかと、感嘆しますな。上の写真は、うちの男の子たちの作品の一部です。
老いも若さも、
あやまちも徳も、
歌ともなれば、捨て難く見える
といみじくもゲーテは詠いましたが(ドイツつながり)、まったくその通りですね。逆に、一見何の代わり映えもしない毎日の、一見何でもない事柄に、歌、すなわち物語を見いだす能力こそが、人生のコツなのかもしれません。取り立てて立派な舞台装置は、必要ないのかもしれません。Playmobil動画を見ていてそう思った、という話でした。
9.20.2012
いいお湯と友と
うちの近くにスーパー銭湯があるのだけど、一応天然温泉らしくてなかなかよいので今夜も行ってきました。
仲良しおばあちゃんが7人、露天風呂に腰まで浸かっておしゃべりに花を咲かせてるの。もう10時なのに元気だね〜。風呂からあがったら、今度はご飯処の丸テーブルを囲んで、更におしゃべりの続きをやってました。夫は家なのか、はたまた天国なのか?? 女は強しです。
写真は頑張って組み立てたテーブルと椅子。テーブルクロスを用意してたのだけど、思ってたより柔らかい印象の木だったので、そのまま使うことにしました。薄手の小さめクロスなら合いそうかな。
仲良しおばあちゃんが7人、露天風呂に腰まで浸かっておしゃべりに花を咲かせてるの。もう10時なのに元気だね〜。風呂からあがったら、今度はご飯処の丸テーブルを囲んで、更におしゃべりの続きをやってました。夫は家なのか、はたまた天国なのか?? 女は強しです。
写真は頑張って組み立てたテーブルと椅子。テーブルクロスを用意してたのだけど、思ってたより柔らかい印象の木だったので、そのまま使うことにしました。薄手の小さめクロスなら合いそうかな。
9.17.2012
トイレを出たら外に出かけよう!
トイレ本クイズ、正解はディケンズ先輩のクリスマス・キャロルでした。
物事は公平に公明正大に立派に調整されている。病気や悲しみが伝染する一方、笑いと上機嫌もまた世の中でこの上なしの伝染力を振るうものである。
(新潮文庫版 p.117)
訳は、息子が大好きな機関車ちゅうちゅうの翻訳者、村岡花子さんです。
次はショーペンハウアー先生と幸福についてでも考えたいと思っています。トイレで。
ところで幸福な生活とは何かといえば、純客観的に見て、というよりはむしろ、〔この場合、問題は主観的な判断の如何にあるのだから〕冷静にとっくりと考えてみたうえで、生きていないよりは断然ましだと言えるような生活のことである、とでも定義するのが精一杯であろう。
(『幸福について—人生論—』新潮文庫版、緒言より)
いいですねえ。ドイツ人なのに実践的で。
写真はゆりかもめ。お台場のメキシコ祭りに行ってきました。
9.14.2012
そこでクラチット一家は揃って炉のまわりに集まり、ボブのかけ声で輪になってすわった。実は半円なのだが。
うちの母からは信じられないという顔をされますが、私はトイレで本を読むのが好きです。そして、「トイレ用」という本のカテゴリーを勝手に確立しています。一般にどのようなものがトイレ向きかといいますと、私の独断では哲学の本と詩集ですね。トイレは哲学をするのにきわめて適した場所ですし、詩のミューズが降臨するのもだいたいトイレの中だと相場が決まっています。中編小説もよろしい(短編だと途中で切るにはあまりにも短いが、長編だといつまでたっても読み終わらない)。
トイレ用の本があるということは必然的に、トイレの外で読む本が、同時に、並行して、存在することを意味します。言い換えれば、私はだいたいいつも、2冊以上の本を並行して読んでいます。うちの母は、1冊読み終わるまではその世界に浸るのが好きなので、同時に別の本(特にまったく別の小説2冊)を読むのは邪道だという考えです。それも一理ありますが、私はなぜだかいろいろ一緒に読むのが好きなので、トイレ用があると助かるのです。
トイレ用の本は、基本的にはトイレでしか読みません。この制約がまたいいですね! 一日に会える時間は限られていますが、彼(本)に再会したときには、二人(本とですが)の時間を大いに楽しみます(トイレの中ですが)。
表題は、現在トイレ用の中編小説の一節。さて、何という小説でしょう?
ヒントはね〜、クリスマス!
9.11.2012
日本人はおいしいものに本気ですね。
にほんのごはんが美味しいのは、米がよいからか炊飯器が優れものだからか、はたまたそれらの合わせ技か。新しい炊飯器には、いわゆるIHの3合炊きタイプの中でもきわめてベーシックなものを選んだのですが、これでこんだけうまいなら、10万出したらどんな米が炊けるんだと興味があります。
それから、ヤクルトがうまいですね、にほんは。これはあまり知られていないことですが、ヤクルトは海外でもけっこう売られています。ちなみに海外のヤクルト消費国第一位は韓国で、第二位がメキシコだときいたことがあります。ヤクルトはメキシコ社会に深く根付いており、メキシコ人はヤクルトをメキシコ発祥ののみものだと思っています。あつかましい。
アルゼンチンでも売ってました、ヤクルト。ウルグアイでも! 国際的ですね〜。メキシコで息子が通っていた幼稚園の日本人ママさんに、配偶者の方がメキシコ・ヤクルト駐在という人がいました。そこで、前々から気になっていたことをきいてみたのです。というのも、アルゼンチンとウルグアイのヤクルトはブラジルからの輸入品なのですが、どうも粉っぽくて味もしっくりこないんですよね。なぜかと訊いてみたところ、日系の多いブラジルを南米の本拠地としているらしいのですが、輸出のためかなり日持ちさせる必要があって、味に限界があるのだとか。たしかにアルゼンチンで売られてるヤクルト、製造日から1ヶ月もちますからね。日本のヤクルトを久々に飲んだら、味の差は歴然でした。
メキシコのはメキシコで作ってるのに、それでも味がちょっと違うんだよな〜。なんというか、洗練度が違うというか。メキシコのは、「何かが」濾されてないというか。これは単にメキシコの限界でしょうか。
9.08.2012
8.22.2012
プロフェッショナル
先月弟が長崎の飲屋街に店を出しました。こざっぱりしていて、間接照明で、女の子二人でも入れそうで、気さくで、小さな、居酒屋ダイニングです。この帰省中に3回ほど行ったのですが、どんどん彼とその店が変化しているのが面白い。1ヶ月の間に、なんというか、彼の身のこなしと全体を包み込む店の雰囲気が、ちゃんと「プロ」になっていってるんですね。
できる人が、いわば「プロ」が、プロだから店を出すのではなく、お店をやってるうちに、だんだんプロになっていくものだと思います。なんでもそう。仕事も旅も、育児も結婚も。
ここ二日ほど、南米にいる指導教授に朝5時から論文指導を受けているのですが、朝5時からいろいろ落ち込みます。いつもは仏のようにやさしい先生だけに、彼をここまでいらだたせている私はこれっぽっちも価値のない人間だ、とまではさすがに思いませんが、研究者のたまごとしてなんと情けないことよ、とはまあ思います。でも、研究者だってだんだんプロになっていくんだと自分に言い聞かせて、なんとかやっていく次第です。はい。
できる人が、いわば「プロ」が、プロだから店を出すのではなく、お店をやってるうちに、だんだんプロになっていくものだと思います。なんでもそう。仕事も旅も、育児も結婚も。
ここ二日ほど、南米にいる指導教授に朝5時から論文指導を受けているのですが、朝5時からいろいろ落ち込みます。いつもは仏のようにやさしい先生だけに、彼をここまでいらだたせている私はこれっぽっちも価値のない人間だ、とまではさすがに思いませんが、研究者のたまごとしてなんと情けないことよ、とはまあ思います。でも、研究者だってだんだんプロになっていくんだと自分に言い聞かせて、なんとかやっていく次第です。はい。
8.14.2012
滞亜日記(付記)
昔メキシコの映画館で、本編の前に10分程度の短編映画が流れたことがあった。監督の名前はまったく思い出せないけど、内容は今でもはっきりと覚えている。本編には何観たか忘れたにもかかわらず。
舞台設定は70年代軍政下のアルゼンチン(あるいはチリだったかもしれないが、この二国のいずれかである)。中南米で広く同時期に見られた軍事政権は、反共ドクトリンの下に徹底した左翼活動家やゲリラの弾圧を展開し、多くの市民が犠牲となった。犠牲者数は、アルゼンチンがラテンアメリカ最多の3万人。続くピノチェト軍政(チリ)の犠牲者数が3000人といわれているので、アルゼンチンのダントツぶりがうかがえる。
映画は若い夫婦と小さな男の子がいつも通りの穏やかな朝を迎えるシーンで始まる。窓から光が射し、小鳥のさえずりが聞こえる。こんなにゆっくりしているからには、今日は休日なのだろう。そうにちがいない。そんな平和な静寂を突き破る、突然の訪問客。夫婦は異変に気づくと、母は子どもを連れ添い屋根裏の倉庫に隠れる。やってきたのは複数の軍人で、抵抗する夫を押さえつけると、そのまま無理矢理連れ去ってしまった。「強制失踪」である。ラテンアメリカでは、こうしてある日突然軍や警察によって連れ去られ、そして二度と戻ってこなかった人たちのことを "desaparecidos" (disappeared) と呼んでいる。
これでだいたい終わりなのだけど、印象に残ったのはむしろこの後に続く映画の最後のシーン。夫が連れ去られた後、妻がトイレで妊娠検査薬を試していて、ドアは開いたままで手前の部屋では子どもが遊んでいる。検査の結果を見た妻は(結果は観客には見えない)、トイレに腰掛けたまま泣き崩れるんですよ。これでおしまい。
果たして彼女は妊娠していたのか、それともしていなかったのか。
どっちだったから泣いたんだろう?
後で連れに意見を求めたところ、妊娠してたから泣いたんだと思った、とのことであった。私はこの件について少し時間をかけて考えてみたのだけど、私の意見はどうも逆で、妊娠してなかったから泣いたのではないかと思うんですよね。夫がもう帰ってこないことは、彼女にはわかっていたのだと思う。だとすれば、彼がそこにあったことを証明する「しるし」が欲しかったのではないかな。検査薬に「マイナス」と出たことで、それすらも否定された気持ちになったのではないかな。でも、もちろん妊娠していた場合でも泣き崩れる理由は大いにあるので、どちらが正解ということもないのだと思います。つまり、どちらを想定しても「強制失踪」の悲惨さを身につまされる、すごい映画だと思いました。10分のくせに。
前置きが長くなりましたが、私はこの軍政下の暴力に以前から関心をもっています。直近の研究課題ではないし、どちらかというと「個人的な関心」に近いものですが。そこで先月のアルゼンチンでも、以前から訪れてみたかった二つの場所を訪問してきました。
一つ目は、記憶の公園。
1976年から84年の軍事政権下で国家テロリズムと呼ばれる組織的な暴力の犠牲となった人たちを追悼する場所です。
長い壁がジグザグに連なっており、ここにはすべての犠牲者の名前と処刑(または強制失踪)時の年齢が刻まれています。
花が捧げてあった。
エンリケ=ロマン・シエラさん、22歳。
現在進行形の出来事なのだとはっとさせられます。
二つ目は、強制失踪者が連れてこられた拷問所のうち、特に多くの犠牲者を出したことで悪名高い「海軍工兵学校」(通称エスマ)。大きな海軍施設の中の一角にありました。中には入れませんでしたが、こちらも記憶のための空間とするプロジェクトが進行中のようです。
先の映画、もう一度観たいのですが、検索しようにもとっかかりがなさすぎて困っています。どうしたものか。
8.10.2012
アジとアルゼンチンの意外な接点
長崎にはいろいろとおいしいものがあるのですが、昨年末くらいからずっと夢に見るくらい食べたかったもの、それはアジの刺身でした。新鮮なアジをたっぷりのおろししょうがとしょうゆでいただきます。これがねぇ、うまいんですよ。はっとするほどにね。
どこのアジでもいいというわけではなくて、やっぱりおいしいのは、自宅から徒歩10分の祖母のうちのとなりにある魚屋さんのアジなのです。この魚屋さんのおばちゃんは、私のことを生まれたときから知っているらしく(私はその3軒くらい先にあった小さな産婦人科で生まれた)、顔を見せるたびに「あら〜、よかお嬢さんになって」とおまけに魚やらお惣菜やらをくれます。
ここの若旦那のよしおさん(おばちゃんの息子、推定年齢50歳)はなかなかすごい人で、昔――80年代から90年代にかけて――魚屋を継ぐのが嫌で、なんと単身アルゼンチンに渡り、パンパでガウチョ(=牧童、南米のカウボーイ)を10年やりました。魚屋が嫌で、地球の反対側に行って牛を育てたという・・・。長崎の田舎で、よしおさんを凌ぐビッグなロマンと行動力を持ち合わせた人を私は知りません。ちなみに彼はまだしばらくパンパに暮らすつもりだったみたいですが、お父さん(おばちゃんの旦那)が危篤との知らせを受けてやむなく帰国し、その際に周りから包囲されて長崎に引き止められ、そのまま魚屋を継いで今日に至ります。
すごいわ、よしおさん。
すごいわ、よしおさん。
そんなよしおさん、3年ほど前に私がこれからアルゼンチンに行くというと大変喜んでくれまして、「アルゼンチンは、人のよかもんね〜」と話してくれました。スペイン語も簡単な会話は今でも流暢で(というか、言葉がまったくわからない状態で一人パンパに行ったなんてかっこよすぎる)、そのことがおばちゃんにはちょっと自慢みたいでかわいい。「こん人は、私には全然わからん言葉ばしゃべるとですよ」って。
ああ、アジの刺身が食べたくなってきた。
ちゃんと今夜のメニューにも勘定済みです。
8.08.2012
8.04.2012
帰国
気がつけば時は過ぎ、、、 日本に帰国しました!
暑いよ!!
南米の寒さを概念としてしか思い出せない。
一年ぶりの長崎で息子は、
市民プールに行ったり、電車とバスに乗ったり、ゴーカイジャーに夢中になったり、平均二日に一回カレーを食べたり、日本の梨と巨峰の美味しさを思い出したり、よく食べよく遊んで大きくなっています。
帰ってきたばかりの日本は、なんだか外国みたいに思えます。街での人との接し方なんかも、だんだんああそうだったと思い出してゆく。「常識」も違うし、「加減」も違うし、いうなれば「怒られるところ」も違う。息子も小さい体なりに、手探りで身のこなし方を学んでいるのかもしれません。それはつまり、ある社会でのルールなんて世界においてはまったく相対的なものであるということであり、それを小さいころから「知っている」ことはきっと豊かさにつながると、私は個人的にはそう思っています。でもだからこそ、日本のルールを軽視してよいということではなく、芯を持ちながらもしなやかに成長してほしいです。
そんな久々の日本です。
7.21.2012
荷造り(滞亜日記5)
ななななんと、今回の南米旅行も終わりが近づいてきました。悲しいのでとりあえずチョリパンを食べました。あ、チョリパンというのは、チョリソがはさんであるパンのことで、ホットドッグの中身がチョリソだと考えていただければよいかと思います。ちなみにホットドッグのことは、アルゼンチンではパンチョと申します。なぜか枕詞に"super"がついて、「すーぺる・ぱんちょ」とも呼ばれます。チョリパンとパンチョ。
観たかった映画にも行けたし、もう1カ所特に研究とは関係ないけど行きたい場所があり、そこには明日の朝に赴いてみようと思います。いやー、研究ははかどったのかよくわかりませんが、振り返ってみるといろんな人に会えて楽しい旅でした。いやー、現地に来ることに意義がありますね!
息子におみやげをたくさん買ってしまいました。
これはサッカー・ウルグアイ代表のユニフォーム。
アルゼンチンのも買っちゃった。
あとは「ぐら」の帽子とかアルファホールとか。
息子に会えるのが楽しみです。
あとは父用のアルゼンチン産オリーブと、弟用のウルグアイ・ワイン。
それから買ってしまった本が(気づけば)20冊くらいある・・・。
気合いで持って帰ろう・・・。
明日のお昼はあやちゃん(再び)とアルメニア料理の予定です。
アルメニアってどこ?
7.20.2012
名残惜しきモンテビデオ(ウルグアイ5)
更新を楽しみにしているブログの一つが最終回を迎え、もう一つ別のは月に一回くらいしか更新されないので、なぜか「ぎむかん」にかられ誰に頼まれたわけでもないのに毎日ブログを書いている桃亀です。今日のモンテビデオは小春日和でした。同じ名前の友人の娘ちゃんのことを思い出しました。
先ほどナントカ大臣にインタビューをしてきて、今回のモンテビデオはこれでおしまい。今夜のフェリーでブエノスアイレスに戻ります。明日はこないだ書評を書いた本の著者に会えることになり、こんなことなら原著をもってきてサインしてもらうんだったのに。私は彼の書くもののファンなのです。彼の書く英語も好き。ちゃんと外国人が勉強した英語で書きました、という素直さがありながら、しかし洗練されていてなおかつ読みやすい、外国語でものを書くときのお手本です。
それからブエノスでは絶対観たい映画もあるし、いろいろ忙しそうです。
フェリーあんまし揺れなければいいなあ。行きはかなり揺れて、トイレ方面はちょっとげろげろだったようで、モンテビデオ到着のアナウンスが鳴ったとたんフロアに拍手喝采が起こりました。幸い私は圧倒的な睡魔に襲われ3時間ほとんど寝てたので無事でしたが。
さて、もうすぐこのアパートともお別れです。いい部屋だったなあ。
モンテビデオ、またくるぜ!!
7.19.2012
絵になるモンテビデオ(ウルグアイ4)
さんざんモンテビデオは普通だと書きましたが、絵になるところもあるんですよ〜。本日水曜日は、まったく誤算だったことに独立記念日だか憲法記念日だかで祝日のため、桃亀はおとなしく市内観光をしてきました。
上の写真は中央広場から見た新市街方面の景色。普段はこの新市街をうろうろしているのですが、今日は旧市街を散歩してみました。旧市街はその名の通り昔のモンテビデオの中心街で、写真の反対側、海と港の方の地区を指します。
しかし。観光客はちらほら見受けられるものの、祝日ということで商店などは少しもやる気のない開け方で、ほとんどシャッターが下りている。
もっと先まで行けばなにかあるかな。まあなにもないだろうな。でも果ての方に海が見える。なにもなくてもきっと海はあるな。まあ行ってみるか。
彼方に見える光が目的地であるかはわからないけど、目の前に道があるならとりあえず歩いてみるものです。その先にある風景を見よう!たいした景色でなくったって、そんなことはとりたてて重要ではないのです。
果たして、海に出た!
みんな釣りをしている。
なにか釣れるのかな。
これはただの桃亀。
じゃ、シーユー。
7.18.2012
普通が素敵モンテビデオ(ウルグアイ3)
火曜日、昨日とは対照的に、歩き回ってたくさん人に会った一日でした。
外は1月の日本の寒さですが、ずっと動いてると体も温まるものです。
そして昨日と違って今日はまったく時間と闘っていなかったため、ちゃんとレストランで食事をしました。よくあるお昼のメニューだと、メイン+付け合わせに飲み物、デザート、コーヒーで1000円くらい。ただ、レストランやカフェの数はブエノスアイレスに比べると格段に少なく、また、おしゃれな感じもちっともしません。その洗練されてなさが、よくいえば落ち着くともいえますが。よくいえば。
私が注文したのは、メルルサという白身魚のフライとマッシュポテト。マッシュポテトが別皿に盛られてきたのですが、4人家族で分けてもいいくらいの量があってびっくりしました。頑張ってできる限り食べたけれど、さすがに全部は食べれなかったよ。デザートで私がいつも選ぶのはフランと呼ばれる焼きプリンで、お店ごとに手作りの味が美味しいです。
ウルグアイに入ってから写真がありませんが、なんというか、まあ写真には撮らなくてもいいかな〜、あえて。という感じのゆるい風景なんですよね。食事なんかも、まああえて写真におさめることもなかろうと。なんというか、普通なんです。私はこの「普通」をいい意味で使っているのですが、まあ普通は普通ですので。
7.17.2012
引き続きモンテビデオ(ウルグアイ2)
月曜日、今日は一日中国立図書館で過ごしました。
図書館の入り口にはセルバンテスとソクラテスの銅像。
ウルグアイ人じゃないんだ・・・。
この辺のおおらかさが好きです。
ウルグアイ人はこぞって人がいいのですが、どのくらい親切かといいますと、まず「どういたしまして」が長い。なにかしてもらってありがとうというと、"No tenés por qué agradecer, por favor."(お礼にはおよびません。本当に。お願いしますよ。)とかいわれます。どういたしましては"De nada"(でなーだ)だと習った記憶がありますが、そんな風にあっさり言われたことはありません。ちなみに"Por favor"(ぽるふぁぼーる=please=お願いします)は「でなーだ」の代わりにアルゼンチンでもよく使われるのですが、ずっと洗練されていて素敵だなあと思います。
第二に、道を訊いて本人が知らなかったときは、ほぼ確実に他の人に訊いてくれる。もちろんそういう親切な人は世界中にいますが、ウルグアイではそれが普通という感じが特にします。
今日は図書館が閉まるまで時間との闘いだったため、しょうもないことにマックでお昼を済ませてしまったので、夜はちゃんと料理をして食べました。夕飯を食べ終わったら、発作的にチョコレートのかかったアイスクリームバーが食べたくなってしまいました。バニラアイスがパリパリのチョコレートでコーティングされているようなやつです。寒いし外に買いにいくのが面倒くさいのでやり過ごそうかとも思ったのですが、食べるまでは眠れそうにないほどに私はチョコレートアイスを求めていると察知したため、しょうがなくスーパーまで買いに行きました。ときどき何の前触れもなくやってくるチョコレート・アイス・バー衝動、面倒くさいですが一度起こるとしょうがないのです。
アイスも食べたし今夜もぐっすり眠れそうです。
9時からアニマル・プラネットの番組見なきゃ。
7.16.2012
愛すべきモンテビデオ(ウルグアイ1)
モンテビデオでいきいきしている桃亀です。
やっぱりこの街も好きなのです。
家具付きのワンルームアパートを借りているのですが、台所っていいですね! ブエノスでもキッチンは自由に使ってよいと言ってもらっていたものの、どうもあんまりちゃんとしたものを家で作る家庭ではないようだったので、遠慮してほとんど外食で済ませていたのでした。
それからシャワー! 熱いお湯が出る! ブエノスのボイラー(アルゼンチン製)は鬼門で、下手に「温度調整自動」を謳っているがためにお湯の出し方が難しく、うちのシャワーもぬるいのしか出ないんですよね…。ぬるいって言っても、どちらかというとお湯より水の範疇…。今考えるとあれで風邪をひいた気がする。ところがですね、ウルグアイのボイラー(ウルグアイ製)は素直なので、温めろと言われたらがんがん温めますから、お湯をひねると熱湯が出てくるわけです。水との調整が若干難しいですが、そんなことはどうでもよろしい。お風呂大国日本で、真冬にぬるいシャワーしか浴びさせないなんて人権問題にもなりそうな気がしますが、そもそも風呂に対する姿勢がまったく異なるのでしょう。
というわけで、モンテビデオ到着日は早速食料品の買い物に行って、パンをかじりながら野菜のスープと鶏モモのソテーをゆっくり作って食べて、散歩から帰ってくるとあったかいシャワーを浴びて寝ました。最高。
次に中/長期で海外となるとウルグアイに来る可能性が高いのですが(また海外?!)、モンテビデオは住みやすそうだな〜。首都だけどまったく都会じゃないし、人は優しいし、海はあるし。
7.13.2012
メキシコ選挙の周辺的な問答
そういえばメキシコの選挙結果について書いていませんでした。とはいえ、日本でまったく注目を集めていなかった選挙戦について熱く語ったってめんどくさい人なだけであろうと思われるので、今回は趣向を変えて以下のように総括します。
<村上春樹的なダイアローグ>
「不法行為によって損害が生じるだろう? でもほら、その行為による損失そのものだけではなくて、他にも損害は生じているとするあの概念、なんと言ったっけ?」
「損害賠償」
「いや、そうじゃないんだ。昔習ったじゃないか、わかるだろう? つまり将来的に生じるはずだった利益を得られなかったことに対する賠償だよ。例えば被害者が売れっ子の作家だったとする。彼は誘拐されて拘束された3日間に、本当だったら素晴らしい短編小説を一編書き上げていただろう。一編半くらい書いたかもしれない。そういうのを換算するんだ。本1冊の値段がいくらで、売り上げがいくらで、短編一編分の値段がいくらで、とかいう具合に」
「逸失利益」
「そう。その通り。君はさすがだ。僕はその逸失利益について考えていたんだ。これってよく考えるとおかしな話じゃないか? だってその作家が誘拐されずにすんでいたって、うちで飼ってる猫のタマのお腹の調子が悪いのが気が気でなくて、その間うまく仕事がはかどらなかったかもしれない。あるいは、商店街のくじ引きで一等のハワイ旅行が当たってハワイに行ってて仕事のことなんて忘れていたかもしれない。不法行為はそれ自体が生じさせた損失についてははっきりと因果関係をもつけれど、別の将来についての可能性に何のかかわり合いももたないじゃないか」
「正論だ。でも、正論がそのまま法律になるわけじゃない。もちろん君の言うことはよくわかるし、未だにそういう論争があることもたしかだ。しかし、現実の世界で取り急ぎ重要なのは、なにがもっともかではなくて、なにがもっともらしいか、ということなんだ。もっともらしいことには名前がつけられる。名前を授けられた概念は、にわかに強力になるんだ。難しそうな名前であればあるほどいい。複雑そうなことと権威は親和的だからね。こうして便宜的に力を得た概念たちによって世界が作られているといっても過言ではないんだよ。僕の言っていること、わかるだろう?」
「もちろん」
<ドストエフスキー的なモノローグ>
「ねぇ、私はなにも人生の公平性の話をしているわけではないんです。公平であるべきだなんてことも言ってない。人生が公平でなんかあるはずがないことぐらい、ちゃんと私でも知っていますよ。畜生!今夜は妙に寒気がするな。そうじゃないんです。私がしているのはスポーツマンシップの話なんですから。姿勢なんです。いや、それ自体ですらない。そういう姿勢へ向かう努力の話なんですよ。だからほら、ちょっと考えてみてください。ある人には10メートル先にゴールは見えてる。またある人は120メートル走らないとゴールに着かない。明らかにルールが違いますね。でもいいでしょう。所詮スタート地点なんて公平ではありえないんです。それにこれだけルールが違っても、おっしゃる通り勝負を決める要素はこれだけではないですからね。ただですね、前者が後者を打ち負かしたとして――それは考えられうる限り当然の結果ですが――勝者に勝負の潔白性を謳う権利はありませんよ。いいでしょう、勝ちは勝ちです、認めましょう。しかしね、あたかも彼もまた120メートルを全力で走ったかのように、そんな風に振る舞う権利は彼にはないんです。そうしたいのだったらね、初めからスタート地点を後ろにずらす努力をすることですよ。きっちり同じにすることはないんです。そんなことはありえないんですから。いいですか、私がお話しているのは努力の話なんですよ。」
というわけで、わかりにくくてすみません。結果的には赤組の勝ちで旧与党PRI(ぷり)が12年ぶりに大統領に返り咲きました。
7.12.2012
ブエノス一回休み(滞亜日記4)
風邪で都合2日ほど寝込んだ桃亀である。がーん。
思えば私は小さいころから行事となると体調を崩すついてないお子さまであった。年長組のお泊まり保育で熱を出して早退(それ以外に幼稚園休んだことないのに!)、中一の遠足の朝に初めて月のものがおりてきて(初潮というやつですね)びっくりしすぎて遠足見合わせ、大人になってからでも宮古島に降り立った瞬間にひどい風邪をひいたり。宮古島で風邪ってまぬけすぎます。暑いし。楽しみにしすぎたりするのがよくないのでしょうか。
まあそんなわけでまぬけにもブエノスアイレスで風邪をひいてしまったわけですが、本日なんとか復活し、資料館とか労組とか行ってきました。あ、あと週末ルハン大聖堂には行ってきました。野獣たちとふれあえる有名なルハン動物園は素通りしましたが。大聖堂は参道が厳かで素敵ですが、それ自体はメキシコ中央広場の大聖堂に比べるとふーんという感じで、おそらく南欧のすごいカトリック寺院を見慣れている方々にしてみてもまあこんなもんかという感じかもしれませんです。
なんかいろいろやることあった気がするのに、全然こなせていない気がします。なんかここまで来ると、「現地に来たことに意義がある」という気がそこはかとなくしてきて、まあそんな頑張らなくてもいいかと完全に自分に甘い桃亀です。うちの母だったら、「それはあなたが元来なまけものだからでしょう」とこれを見事な長崎弁で言いそうなものですが。まあそこそこ頑張ります。
写真はルハンのレストランで冗談みたいに美味しかった突き出しのオリーブ。冗談みたいに美味しかった。私のまわりでオリーブに目がない人といえばうちの父なのですが、こんなの出す店が長崎にあったら、彼はそこに毎晩通って、毎晩オリーブになっちゃうくらいまでオリーブを食べ続けるだろう。毎晩毎晩食べ続けるだろう。そんな妄想をしながらオリーブを食べました。
7.09.2012
ユダヤ的ブエノスの夜(滞亜日記3)
土曜日。昼間は散歩して、ロミートという肉のはさんであるサンドイッチを食べて、DVDとCDを買って、子供服の店で息子にロボットのついてる黒いパーカーを見繕い(彼はロボットのファンなのだ)、それから緑茶とアルファホールで休憩をして、家に帰ってきた。
夜はあやちゃんと遊ぶ。あやちゃんは文化人類学者で、ブエノスアイレスのユダヤ人コミュニティの研究をしている活発な女の子だ。9時からナチスのユダヤ人弾圧初夜「クリスタルの夜」に関連する芝居を観にいった。小さな芝居小屋に東欧人はわれわれ二人のみで、あとはあやちゃん曰く「ライトなユダヤ人」とのこと。年齢層はほとんどが「まさにその時代を生き抜きました」的な方々で、われわれを含めて若年層は1割にも満たなかった印象。まあ面白かったんだけど、今までお芝居を(子どもの頃を除いて)ほとんど観にいったことがないという理由もあって、例えば映画のように楽しみ方がいまいちわからない。数をこなして練習すればもっと楽しめるのかもしれない。
あやちゃんのブエノス在住ユダヤ人の大まかな区分によれば、それは(1)正統派と呼ばれる宗教的ユダヤ人、(2)ユダヤ文化を守る伝統派、(3)血筋としてはユダヤ人だけど、特に宗教的な戒律に沿って生きているわけではないライトなユダヤ人、の3つに分けられるらしい。正統派というのは全身黒ずくめで、男性は長いひげに黒のシルクハットをかぶっているような人たちで、見た目ですぐにわかる。毎週金曜日にはシナゴーグに通い、ユダヤ人と同居し、ユダヤ社会にどっぷり身を置くあやちゃんは、彼女の言葉そのままに「ユダヤ人の内面化」という自身の経験を語ってくれた。詳しいことは私にはよくわからないけれど、ようするにものの見方がすべてユダヤ的になっていくのだそうだ。コミュニティを重んじ、戒律の中に生きるユダヤ社会では、たしかに個人の見方を超えた「ユダヤ的な見方」というものが存在するのかもしれない。個人の記憶を超えた集団の記憶。個人の生とはすなわち集団の記憶の復元と維持でもある。そこでは個人の死生観も、21世紀日本におけるものとはだいぶ違っている気がします。どのような宗教でも、多かれ少なかれ人を生きる方向に導くための発明(それも優れた発明)といった側面はあるのだと個人的には思っているのだけど、ユダヤ教は中でもその規模の大きさと徹底度では、おそらくイスラムと並んで群を抜いている気がする。
10時半頃に終わって、それから芝居小屋近くのペルー料理屋に行った。この時間にレストランは盛況である。相変わらずブエノスアイレスの夜は長い。うちの人たちも「今日は夕食の約束があるの」って出かけていったけど、時間を訊いたら「11時待ち合わせ」だと言ってたし。
ペルー料理、めちゃくちゃ美味しかったな〜。特にブタ肉!写真奥の豚肉の煮込みは、ほろほろでとろけて幸せな味でした。そして付け合わせのサツマイモのオレンジ煮に、あやちゃんとひとしきり感心する。
しかしそれにしても、冬空にちょっと風邪気味の体調で、週末は一度テンポ・ダウンして整えることにします。
7.07.2012
To Buenos Aires with love(滞亜日記2日目)
2日目は金曜日。8時半に起きるつもりが目が覚めたら10時半だった。メキシコとの時差が2時間だから、きっちり2時間寝坊をなぞったわけだ。今回は以前に借りてたアパートの大家さんのお宅にお世話になっている。私以外にもアメリカ人の下宿生が3人いるらしいけど、これまでにまだ1人しか見てない。
ブエノスアイレスのエレベーターは、多くが年季の入ったアコーディオン式(バンドネオン式?)のドア(カーテン)である。慣れないうちは、エレベーターが止まってもつい2秒ほどぼーっとしてしまう。もちろん自動では開かないので、ああそうだったと思い出して、慌てて自分でドアを横にたたんで開ける。閉めるときにも注意が必要である。たいていはエレベーター自体のドアと階ごとのドアとが二重になっているのだが、これがつい自分に近い手前側のドアを先に閉めてしまうのである。そうすると、当然二つ目のドアが閉められないのである。まったく頭を使う。
今日は用事が終わったのが夕方の4時頃だったため、それから資料館の横にある小さな店で遅めの昼食をとった。私の限定的な経験に基づく独断によれば、ここの店のエンパナーダはブエノス一美味しい。そしてブエノス一安い。食事をするには中途半端な時間だったので、客は私一人だった。お腹がすいていた私は、鶏肉のエンパナーダと、ミートソースかけラビオリと、ボルドのお茶を注文した。ボルドは南米原産の薬草で、肝臓にいいと聞くけど、この辺りで普段よく飲まれているお茶の一つである。エンパナーダはしみじみ美味しかった。ラビオリも文句なしにうまかった。生パスタって、なんだか鍋焼きうどん的な温かさがあって幸せだ。イタリアの食文化の影響が色濃く見られるアルゼンチンだが、私は中でも手打ちの生パスタがとても好きである。
ごはんを食べて外に出たら、もう5時をまわっていた。特にやることも思いつかなかったので、映画を観にいくことにした。サンタフェ通りの小さな映画館に行ってみたら、なんと「無期休業」の看板がかかっていた。とても残念である。仕方がないのでパレルモにある映画館に行った。残念ながらアルゼンチン映画はやってなかったのだけど、ちょうどあと3分でウッディ・アレンの "To Rome with love" が始まるところだったので、それに決めた。映画はとても素敵だった。ちょっと予定外に笑いすぎてしまったのだけど、アルゼンチンのスペイン語に似たイタリア語の響きが心地よく、ローマに恋をした外国人たちの心境は、ブエノスアイレスを歩く私にも重なるところがあったから。
映画館を出ると辺りはもう真っ暗で、冬の空気の匂いがした。お腹がすいた!そこで、プエレドン通りのエンパナーダ屋に行くことにした。ここは私がブエノスで二番目に美味しいと信じている店である。アルゼンチンのどこだったかの州のスタイルのエンパナーダを出す(どこだったか忘れた)。ボブ・マーリーやビートルズのポスターが貼ってあり、アルミのでっかいミルク缶とアジアンな家具が置き並べてあるような店である。今度は牛肉のエンパナーダと、ロクロという肉・チョリソ・豆の煮込み料理と、ペプシ・コーラを注文した。エンパナーダからは中華点心もびっくりの肉汁が滴り落ち、一人なのに「うまっ」と独り言を発せずにはおれないうまさである。ロクロは寒い日にはこれがまた一段とうまい。私は煮込み料理には目がなく、似たようなものをたぶんスペインとイタリアのどっかの田舎町(後者はシエナからバスで行ったのだけど、どうしても村の名前を思い出せない。たしか甘いワインが有名だったような。オルヴィエートでもなく。あれはどこだ?)でも昔食べたのだが、いずれも体に染み渡る美味しさであったことを覚えている。
お腹いっぱいになって帰ってきて、マテ茶を飲みながら今これを書いている。桃亀の旅だと謳っておきながら、別に全然旅をしていなかった桃亀であるが、たまには一人旅も悪くないなと思っているこの頃である。
写真は地下鉄A線で乗った電車。これまた年季の入った木製の座席に窓枠で、かわいかったので終点駅で一枚。
片想い(滞亜日記1日目)
なつかしい景色
暖房用のガスのまじる冬の匂い
こどもを抱えたパパが路上に停めた車に乗り込む様子を見て、あー私はこの街にまったく属してないんだなー、と思う。それは不思議に淋しさではなく、はっきりと心地の良い類の気持ちだった。
思えばここ8年ほど、私は一つの場所に1年以上定住したことがほとんどない。どこかに根をはることに途方もなくあこがれながら、こんな風にふわふわと、根無し草のようにしか生きられなかっただろうことも知っている。スーツケースとこどもを抱えて住む国を替えてみるのも、けっこう楽しいものですよ。
二度目のブエノスアイレス、この街が好きだなーと確認した。でも、確実に片想いな恋なんだよなー。なぜだろう。一生片想い。
まあそれもまたよしとしよう。
まあそれもまたよしとしよう。
6.26.2012
メキシコ総選挙を楽しむための小話
ついにメキシコ総選挙がこの日曜日に迫って参りました。総選挙といっても日本の解散総選挙の比ではなく、大統領選・上下両院選・メキシコ市長選・メキシコ市議会選・区長選・区議会選を全部やります(各州もほぼ同様)。現地では当然お祭り騒ぎですが、メキシコ在外研究中のアジ研・星野先生によれば、「日本の新聞を調べてみたけど、メキシコの選挙に触れてるのは『赤旗』くらいだった」とのことで、日本ではまったく注目されていません。逆に赤旗偉くないか?というお話をしていたところです。
そこで本日は、日本ではまったく注目されていないメキシコ選挙を楽しむためのトリビア情報として、メキシコの政党と色について書きたいと思います。すなわち、以下まったく役に立たない情報です。
現在のメキシコは、三大政党制といわれています。アメリカは民主党と共和党の二大政党制ですが、メキシコは議会にある程度以上の議席を有し、大統領選で有意な競合を行なうことのできる大きな政党が3つあるのです。
(1)PRI(ぷり)・・・赤
(2)PAN(ぱん)・・・青
(3)PRD(ぺーえれでー)・・・黄色
これらに加えて中小政党が複数ありますが、主要なものは以下の3つです。
(4)PVEM(ぱるてぃど・べるで)・・・緑
(5)PT(ぺーてー)・・・赤+黄色
(6)NUEVA ALIANZA(ぬえば・ありあんさ)・・・水色
以上にあげたように、各党がそれぞれの党カラーをもっています。これって日本の政党にはあまりないですよね。先日「メキシコ労働総同盟」というものものしい名を冠する労組に行ったのですが、この労組は伝統的にPRI系で、ゆえにそのシンボル・カラーは赤です。組合員のおばちゃんと選挙の話をしていたところ、 "Somos rojos." (We are red.) という言い方で、PRIに勝ってほしいと言っていました。
ちなみに日本の政党は何色なのかと訊かれたのですが、うーん、あえて言えば自民が白で民主が赤のイメージかなあ・・・、でもどこも灰色?あまり色とかないです、と答えたところ、じゃあ大統領選ではどうするのかとの質問。日本は大統領制(presidencialism)ではなく議院内閣制(parliamentalism)です、と一応言ってみましたが、予想通りおばちゃんは議院内閣制なんて単語を耳にしたこと自体初めてだったらしく、おおいに衝撃を受けていました。「ということは、日本には民主主義はないと、理解していいのかしら」とのこと。ある意味深い問いかけですね。ちなみにラテンアメリカはほとんど大統領制または半大統領制(首相もいる)です。
We are red. なんて表現を聞いていると(アメリカの二党も赤と青ですが)、こういうわかりやすくて身につけやすいレッテルって、政党への帰属意識を増すような気がします。いいことなのかどうなのかはまた別問題ですが。
「ぱるてぃど・べるで」というのはすなわち緑の党なのですが、メキシコの緑の党はまったく環境問題と関係のないことばかり言っている恥ずべき政党として知られています。主な公約として「誘拐犯には無期懲役を」が有名ですが、あまり環境とは関係ないですね!
ついでに、「ぬえば・ありあんさ」は驚くべきことに教員労組の傀儡政党です。メキシコの教員労組は正式な組合員だけで少なくとも100万人を有し、単独労組としてメキシコのみならずラテンアメリカ全体でもダントツ最大で、ものすごぉく強くて恐れられています。教員なんてメキシコ全国に400万くらいいますし、教員に勝る動員を行なえる労組は他にないのです。まあそれで、いろいろあって数年前に自前の政党を作ったのですが、大統領選にも候補者出しててすごいんですよ〜。その金はどこから来るのかという。
で、彼らの選挙キャンペーン広告に、なぜかイメージキャラクターとしてガンディーが採用されているのですが、あまりの関係のなさにびっくりしすぎて爽やかな感動すら覚えました。これって法律的にはいいのだろうか。勝手に(関係ない)有名人の写真使ったりして。
で、彼らの選挙キャンペーン広告に、なぜかイメージキャラクターとしてガンディーが採用されているのですが、あまりの関係のなさにびっくりしすぎて爽やかな感動すら覚えました。これって法律的にはいいのだろうか。勝手に(関係ない)有名人の写真使ったりして。
さて、メキシコの政党に無駄に詳しくなっていただいたところで、日曜日の選挙戦にご期待くださいね〜。
6.23.2012
政策にも思想が必要である
今朝車の中でラジオを聞いていると、ウルグアイのホセ・ムヒカ大統領が、マリファナを合法化する法案を議会に提出したというニュースが流れてきた。なんでも、合法化した上でマリファナ税をかけて、税収を麻薬中毒者のリハビリ福祉に充当するらしい。ホセ・ムヒカ、拡大戦線左派政権である。ラテンアメリカの左派政権は、こういうこともやるのである。今は21世紀だけど、戦線とかも全然いうのである。
ニュースを語るおじさんレポーターは、ホセ・ムヒカはホセ・モヒーカと紛らわしいが、まったくの別人なので間違えないようにという点を、熱心に主張していた。後者はメキシコの昔の歌手らしく、「私と同じ世代の方なら、○○や××など思い出の曲を必ずや二三口ずさめるはずです」とか、おじさんはニュースと本質的に関係のない発言に2、3分を費やしていた。だいたい毎日彼のニュースは脇道に逸れる。
話を戻すと、メキシコでもこれまでにマリファナ合法化論議は散発的にあったのだけど、今のところ具体的に法案とかまでは行っていません。これってけっこう難しい問題ですよね。違法の現在でも、はっきりいってこのメキシコシティで意思さえあればマリファナなど簡単に手に入る。だったら合法化してコントロールした方がいいのではないかという話なのですが、第一に、だとすれば、米国で合法化してもらわないと意味がなさそうです。第二に、昔はマリファナが主流だったメキシコの麻薬産業も、昨今はやはりもっとケミカルなものが大半らしいので、残念ながらマリファナを合法化したところで麻薬をめぐる暴力が根絶されるとは思えない。
麻薬って、どうしたってゼロにまで根絶されることはほぼないだろうから、どう付き合っていくか、どう暴力や腐敗を抑えていくかという話になりますよね。この点ムヒカ大統領の提案は面白いかもしれない。マリファナ税で中毒者をリハビリするなんて、エッシャーのどこにも着かない階段みたいで素敵だ。でも結局「付き合っていく」というのはそういうことなのではないかと思うんですよね。抜本的に解決しようとしたメキシコの現政権は、確実に麻薬関連の暴力を悪化させました。そもそも抜本的に解決なんてしようのないものを、そうしようとしたことが間違いだったのではないかと。ウルグアイは小国だからできるようなとこあるのでしょうけど、ムヒカ大統領については以前から一目置いている私です。
6.20.2012
食べることについて反省をする
「寝食を忘れて没頭する」といいますが、私はどんなときでも「寝」を忘れたことはありませんが、「食」についてはおおいにおろそかにしてきた気がします。朝からハクロンを書いてて気がついたら夜の8時で、よく考えたら一日まともなものを食べてないことに思いあたり、慌ててとりあえず米を炊く、ということがわりとあります。明らかに「食べるために働く」といった心意気からはほど遠く、逆に「働くために食べてる」とすらいえない、むしろ労働の後払いというか、これじゃ倒れると思ってなんか食べる、といった感じです。まったくよくないことです。文化的でもない。
もっとていねいな生活の仕方に憧れるのですが、ハマるともくもくもくもくとそればっかりやる性格についてはだいぶ諦めてもいます。そんな私でもたまに食べたくなるのが、いわゆる「おにくやさんの豚ロースの味噌漬け」なのですが、当然メキシコの肉屋にはそんな味噌漬けは売っていません。しかし、時間に十分ゆとりをもって漬け込む、なんて技は私にはできないので、即席で息子を幼稚園に迎えにいく直前に、ジップロックに豚肉・しょうゆ・みそ・にんにくを入れてもみ込み、帰宅してからフライパンで焼きます。これがけっこう美味しいのですよ〜。みそおおめで。
一度だけ、息子のこどもの日特別弁当(その日は彼の好きなものをたくさん入れてくださいとのお達しがあった)のからあげの鶏モモを前の晩から漬け込んだのですが、これがちょっとびっくりするほど美味しくて、「前の晩から」の底力に恐れ入った次第でした。
ほんとはいつもそういうことのできるママを目指したいのですけどねぇ。ささっとねぇ。でも、あまり小さなことを気にしない息子は、おいしいからあげもそこそこのからあげも美味しいね〜といって食べてくれるいいやつです。
ほんとはいつもそういうことのできるママを目指したいのですけどねぇ。ささっとねぇ。でも、あまり小さなことを気にしない息子は、おいしいからあげもそこそこのからあげも美味しいね〜といって食べてくれるいいやつです。
6.16.2012
すべての短所は長所と看做すことも可能である
いつも息子に「ママ、またまちがえたっしょー」とか「ママ、またわすれたっしょー」とかしかられてばかりの私ですが、「ごめんね〜」と謝ると、"No importa, Mami" と最近オトナなこたえが返ってきます。
"no importa" を英語にそのまま訳せば "it doesn't matter" あたりになりそうですが、もう少しニュアンスを伝えるならば、"don't worry, it's not a big deal" といったところでしょうか。日本語でいうならば、「たいしたことじゃない、気にしないで」という感じですね。例えば、スーパーで息子が走り回っていて、居合わせたセニョーラにぶつかったとき、ママが「すみません」と謝ると、(こどもは元気が一番よ的な微笑みを浮かべながら)"no importa" という言葉が返ってくるといった具合です。
息子は最近、この「の・いんぽるた」を頻用します。誰かに対してだけでなく、ころんでズボンが汚れちゃったときなんかも、自分に向かって "no importa" と言ってます。ちょっと遅れようが、ちょっとはみ出そうが、の・いんぽるた。完全にメキシコ人です!
自分にも他人にも甘いですからね〜。
写真はいわゆる「ボチート」、VW社のビートルですが、青くてぴかぴかでかわいかったので写真を撮ってしまいました。メキシコシティはこのボチートで溢れているので、普段たいして注意を惹きもしないのですが、この青いボチートが東京を走っていたらきっとかなりかわいいであろう。
何事も、文脈ですね。
6.15.2012
メキシコドライバーからの余計なお世話 with love from me to you
また穴にはまってしまいました…。
道路に突如ぽっかり口をあけたあの悪魔に、
まんまと足を取られてしまいました。
こんなの昨日はなかったじゃん! といってももう遅いのです。自然の構想力は偉大で、雨は当然地面をも穿つのです。だいたい、雨が降っても道路に支障があるはずはないと思っている日本国民の方が、奇妙な考えに捕われているともいえます。雨にカッパドキアを塑造することが可能だったのであれば、一朝一夕に盛られたアスファルトに穴をあけることなど何でもないわけです。
というわけで、帰路を急いでいたところタイヤが穴に落ちてしまい、鈍い金属音が車内に轟きました。パンクを覚悟したのですが、とりあえず家までたどり着いてから確認したところ、幸いパンクは免れたものの、タイヤの真ん中の金属ホイールが失われていました。あの衝撃によって飛ばされたものと思われますが、だとすればだいぶ危ない…。他の車に当たっていなければよいのですが。
日本のドライバーの皆さんも、自然の力を侮る事なかれ。いつ新たな穴が出現するか知れたものではない世の中ですから、いくら注意してもし過ぎることはなく、右見て左見て参りましょう。
6.14.2012
異端のことばたち
数年前に当時労働相だった極右カトリック保守の政治家が、娘の中学の国語教師がガルシア=マルケスとカルロス・フエンテスの「アウラ」を授業で読ませたとかで、他の保護者(当然ウルトラ・デレチャ=極右)と一緒に抗議してその教師を辞めさせたことがあった(その後同政治家は、自分の子どもたちを学校に行かせず自宅で教育した)。
保守の中の保守にしてみればこういう本は「悪魔の文学」なわけだけど、でも優れた文学というのは定義上プロボカティヴでなければならない、と思う。もちろん性的な意味に限らず、もっと広く社会的な意味において。ごりごりの保守というのは東西問わずどこにでもいて、その実態には驚かされるものだが、彼らにとってほぼすべての優れた現代スペイン語文学は発禁ものだろう。なるほど、彼らはきっと善良な人間であるには違いない。しかし、目を見開いて見ようとしないことは、ただもうそれだけで罪である。
昨今都市部で盛り上がりを見せつつある学生運動だが、初めの方のデモ集会で、「何か一冊本をもって集合」という粋な決まり事があった。"El pueblo informado, jamás será manipulado." すなわち、自分で公正な情報を得ることができる国民は、操り人形になることはない、というのである。メディアの情報操作に対する抗議なのだが、自分でしっかりした情報を得て自分で考えることの象徴が本というのは、学生運動らしくてよろしい。
しかしあれですね、中学でガルシア=マルケスは早すぎるとの声もわからなくはないですね。息子が中学生になって「エレンディラ」を読んでいたら、私だったらもちろんおおいに読めといいますが、別の意見があってもおかしくはないと思います。でもだとすれば、世界の「優れた文学」はいったいどの辺で読むのが適切なのだろう。うーん。高校生でこっそり読み始めて、大学以降再読、といったところでしょうか。いずれにしても、息子にもこっそり読んでおいてほしいです。こっそり。
保守の中の保守にしてみればこういう本は「悪魔の文学」なわけだけど、でも優れた文学というのは定義上プロボカティヴでなければならない、と思う。もちろん性的な意味に限らず、もっと広く社会的な意味において。ごりごりの保守というのは東西問わずどこにでもいて、その実態には驚かされるものだが、彼らにとってほぼすべての優れた現代スペイン語文学は発禁ものだろう。なるほど、彼らはきっと善良な人間であるには違いない。しかし、目を見開いて見ようとしないことは、ただもうそれだけで罪である。
昨今都市部で盛り上がりを見せつつある学生運動だが、初めの方のデモ集会で、「何か一冊本をもって集合」という粋な決まり事があった。"El pueblo informado, jamás será manipulado." すなわち、自分で公正な情報を得ることができる国民は、操り人形になることはない、というのである。メディアの情報操作に対する抗議なのだが、自分でしっかりした情報を得て自分で考えることの象徴が本というのは、学生運動らしくてよろしい。
しかしあれですね、中学でガルシア=マルケスは早すぎるとの声もわからなくはないですね。息子が中学生になって「エレンディラ」を読んでいたら、私だったらもちろんおおいに読めといいますが、別の意見があってもおかしくはないと思います。でもだとすれば、世界の「優れた文学」はいったいどの辺で読むのが適切なのだろう。うーん。高校生でこっそり読み始めて、大学以降再読、といったところでしょうか。いずれにしても、息子にもこっそり読んでおいてほしいです。こっそり。
6.08.2012
6.06.2012
ダルメシアンの事情
母が送ってくれた日本の板チョコたち、大事に食べてたのですが最後の3枚目があと一かけになってしまいました。これを食べ終わったらまたリンツのノワールか。ちっ。
冷蔵庫に冷やして、パリパリ食べるのがおいしいですよねー。明治のミルクチョコ(黒)が好きですが、板チョコってうっかり一枚食べてしまったりするので(だいたい半分のところでええいっと冷蔵庫にしまう)、この点やはり「ダース」は相当革新的なことをやったともいえます。従来あまり語られてこなかっただけに、その意義を本稿で強調してもし過ぎることはないだろう、という感じです。
ところで昨日、息子のお迎えに車を出したところ、道ばたでダルメシアンを見かけました。我が家はきどった外国人の多く住むきどった住宅地の一角にあるのですが、隣接する通りから先はいきなり庶民的な地区となります。がらっと。庶民な感じは庶民な感じで全然悪くはないのですが、それにしてもダルメシアンは場違いすぎてびっくりしました。遠目にも毛並みのよいダルメシアンでしたし、どう見ても野良犬には見えない。だいたいダルメシアンと野良犬って語義矛盾ですよね。ダルメシアンはなんだか背筋を延ばしてたたずんでいて、その高貴な風情と小雨の降る庶民街という情景の不釣り合いがきわめて映画的でした(テオのギリシャ映画的な)。道ゆく人々は特に気にかけてもいない風で、またそれがシュール度を助長するという。
シュールだ、ラテンアメリカ。
冷蔵庫に冷やして、パリパリ食べるのがおいしいですよねー。明治のミルクチョコ(黒)が好きですが、板チョコってうっかり一枚食べてしまったりするので(だいたい半分のところでええいっと冷蔵庫にしまう)、この点やはり「ダース」は相当革新的なことをやったともいえます。従来あまり語られてこなかっただけに、その意義を本稿で強調してもし過ぎることはないだろう、という感じです。
ところで昨日、息子のお迎えに車を出したところ、道ばたでダルメシアンを見かけました。我が家はきどった外国人の多く住むきどった住宅地の一角にあるのですが、隣接する通りから先はいきなり庶民的な地区となります。がらっと。庶民な感じは庶民な感じで全然悪くはないのですが、それにしてもダルメシアンは場違いすぎてびっくりしました。遠目にも毛並みのよいダルメシアンでしたし、どう見ても野良犬には見えない。だいたいダルメシアンと野良犬って語義矛盾ですよね。ダルメシアンはなんだか背筋を延ばしてたたずんでいて、その高貴な風情と小雨の降る庶民街という情景の不釣り合いがきわめて映画的でした(テオのギリシャ映画的な)。道ゆく人々は特に気にかけてもいない風で、またそれがシュール度を助長するという。
シュールだ、ラテンアメリカ。
6.05.2012
知ってることにする
ときどきことばを使う人たちのインタビューとかで、「僕は散文的な人間で」という発言を目(耳)にするのですが、そりゃそうだろうよ、韻文的な人間の方が少なかろうよ、と思いつつ、「散文的な人間」という意味がよくわからない桃亀です、こんにちは。
誰かおしえてください。
わからないことをわからないという勇気は大事ですが、外国にいるとわからないこともけっこうそのままにしてしまったりします。いちいち訊いてもお互いに面倒なので、「あ〜、あれね」みたいな顔をしてしまいます。メキシコの誕生日ソング「ラス・マニャニータス」の歌詞とか、メキシコ8年目にして初めてちゃんと知りました。今まで適当に歌ってました…。メキシコ料理には、トウモロコシの粉を使った料理がタコス以外にもごまんと存在し、それぞれ違う名前がついてるのですが、このあたりも適当に知ってるふりをしています。ちょっと訊いてみると、メキシコ人ってみんな親切にいろいろおしえてくれるんですけどねー。まあでも、タコスに類する食べ物は多すぎて、きいてもすぐに忘れます。
6.04.2012
身を売るこどもたちへ
呪いと祝福の赤信号
ビーバーの着ぐるみからのぞく二つの目が
運転席の私を捉え こちらに手を差し伸ばす
窓を開け 彼に10ペソ硬貨を渡す
神の祝福と引き換えに
"Que Dios le bendiga*."
地下鉄だって同じくらい慈悲と哀れみに溢れてる
両親が病気なのだと 素足の娘は懇願する
ポケットの中の10ペソ硬貨を彼女の手に落とす
天使の祈りと引き換えに
"Que Dios le bendiga."
こんなとき私はいつも
ボードレールの身を売るミューズを思い出す
生まれも育ちも貴族でない 無数で無名の詩人たち
パンを稼ぐためには 信じてもいない詩をうたう必要もあろう
しかし彼らの方が私よりもずっと自由だ
その制約こそが 彼らを自由にしているのだ
彼らがいるのは不可視だが 確実に触知できる檻の中
それは境界という一個の思想である
どちらが中でどちらが外かは
自分がどちら側にいるかで決まるのだった
制約の中の精神の自由に 私はこの上なく憧れる
裏返された檻の中に 閉じ込められた我が精神の
ビーバーの着ぐるみからのぞく二つの目が
運転席の私を捉え こちらに手を差し伸ばす
窓を開け 彼に10ペソ硬貨を渡す
神の祝福と引き換えに
"Que Dios le bendiga*."
地下鉄だって同じくらい慈悲と哀れみに溢れてる
両親が病気なのだと 素足の娘は懇願する
ポケットの中の10ペソ硬貨を彼女の手に落とす
天使の祈りと引き換えに
"Que Dios le bendiga."
こんなとき私はいつも
ボードレールの身を売るミューズを思い出す
生まれも育ちも貴族でない 無数で無名の詩人たち
パンを稼ぐためには 信じてもいない詩をうたう必要もあろう
しかし彼らの方が私よりもずっと自由だ
その制約こそが 彼らを自由にしているのだ
彼らがいるのは不可視だが 確実に触知できる檻の中
それは境界という一個の思想である
どちらが中でどちらが外かは
自分がどちら側にいるかで決まるのだった
制約の中の精神の自由に 私はこの上なく憧れる
裏返された檻の中に 閉じ込められた我が精神の
*Que Dios le bendiga=あなたに神のご加護がありますように
6.02.2012
最近の息子と太陽
今朝、息子のお弁当をかばんに詰めていた時点で、今日が休園日であったことを思い出した。がっくし!
(主にもっと寝てればよかったという意味において。)
でもお弁当は、起きてきた息子が朝ご飯に食べてくれました。
最近息子のことを書いていなかったので、書くと、アルファベットで自分の名前が綴れる(ABCで言える)ようになってしまいました。なんてことだ。ママがまったく怠惰なため、ひらがなとかは一切知りません。大好きな数字も完全にスペイン語だし、日本に帰ったらそれらがあまり通じないことにいささか驚くでしょうが、まあそのうち日本語でも覚えるでしょう。
相変わらず好きな食べ物は白米とふりかけで、ばぁばから送ってもらったアンパンマンふりかけと仮面ライダーふりかけを大事にかけて食べてます。3歳になって以降、にわかに仮面ライダーブームの到来です。きっかけは、クラスのお友達の誕生会のお返しに仮面ライダーふりかけが入っていたことなんですが。で、仮面ライダーのDVDが観たいというので、近所のレンタルビデオ屋に行ってみたところ、もちろん仮面ライダーはなくて、しかしそのかわりと言ってはなんですが、アメリカで撮られたその名も「ニンジャ・サムライ」という、ある種の「忍者」と「侍」の概念を足して2で割ったかもしれないような豪華変身ヒーロー・シリーズを発見しました。まだ「NINJA」とか読めない息子には、「仮面ライダーあったよ!」とある意味深刻な嘘をつき、息子はとても喜びました。嘘をついた甲斐がありました。現在第2巻を鑑賞中です(5巻くらいまである)。ちなみに、質はいうまでもなくけっこうひどいです。
それにしても、ここのところメキシコは炎天下が続いています。先日調査に行くのにメキシコシティ中心部を15分ほど歩いたのですが、それだけで脱水で倒れるかと思いました。太陽が強すぎて涙が止まらないので、サングラスを慌ててかけましたが、その日の晩は目が真っ赤になってました。灼熱の、という形容はまさにこの太陽のためにある、実際すべてを太陽のせいにするのも一理あるほどに、人に圧倒的な倦怠感を与え、狂気へと掻き立てる太陽であります。乾いた太陽なんだよな。
(主にもっと寝てればよかったという意味において。)
でもお弁当は、起きてきた息子が朝ご飯に食べてくれました。
最近息子のことを書いていなかったので、書くと、アルファベットで自分の名前が綴れる(ABCで言える)ようになってしまいました。なんてことだ。ママがまったく怠惰なため、ひらがなとかは一切知りません。大好きな数字も完全にスペイン語だし、日本に帰ったらそれらがあまり通じないことにいささか驚くでしょうが、まあそのうち日本語でも覚えるでしょう。
相変わらず好きな食べ物は白米とふりかけで、ばぁばから送ってもらったアンパンマンふりかけと仮面ライダーふりかけを大事にかけて食べてます。3歳になって以降、にわかに仮面ライダーブームの到来です。きっかけは、クラスのお友達の誕生会のお返しに仮面ライダーふりかけが入っていたことなんですが。で、仮面ライダーのDVDが観たいというので、近所のレンタルビデオ屋に行ってみたところ、もちろん仮面ライダーはなくて、しかしそのかわりと言ってはなんですが、アメリカで撮られたその名も「ニンジャ・サムライ」という、ある種の「忍者」と「侍」の概念を足して2で割ったかもしれないような豪華変身ヒーロー・シリーズを発見しました。まだ「NINJA」とか読めない息子には、「仮面ライダーあったよ!」とある意味深刻な嘘をつき、息子はとても喜びました。嘘をついた甲斐がありました。現在第2巻を鑑賞中です(5巻くらいまである)。ちなみに、質はいうまでもなくけっこうひどいです。
それにしても、ここのところメキシコは炎天下が続いています。先日調査に行くのにメキシコシティ中心部を15分ほど歩いたのですが、それだけで脱水で倒れるかと思いました。太陽が強すぎて涙が止まらないので、サングラスを慌ててかけましたが、その日の晩は目が真っ赤になってました。灼熱の、という形容はまさにこの太陽のためにある、実際すべてを太陽のせいにするのも一理あるほどに、人に圧倒的な倦怠感を与え、狂気へと掻き立てる太陽であります。乾いた太陽なんだよな。
5.31.2012
トリイソギヨウケンマデ
院生協議会から今朝届いていたメールの末尾に、「取り急ぎ要件まで」と書かれてあった。
院生協議会というのは、私が所属する大学院の研究科院生の自治会のような組織で、おそらく似たようなものが他の大学院にもあるのだろうと、よく知らないけど想像する。うちの院生協議会は、協議会規則から連絡メールの文体にいたるまで、際立って法学部的である。しかし、そうした「パロディ」にはだいたいの場合健全なアイロニーに基づく遊び心がうかがえるので(単なる杓子定規とか、あるいは「難しいことはよいことだ」という悲しい考えによるものではなくて)、私はどちらかというとそんな彼らのあり方を、(いつも海外にいるという言い訳で役職を回避してきた後ろめたさもちょっと作用して)尊敬している。
というわけで、院生協議会からのメールはときどきそのパロディめいた性格ゆえに面白いのだが、そこで先ほどのフレーズである。
「取り急ぎ要件まで」の「ようけん」に、「用件」でなく「要件」を用いているメールを、少なくとも私は初めて見た。
普通の使い方なんですか?
要件といえば、法学部的には「構成要件」とかの要件である。「なにかであるために満たすことが必要な条件」とかいう意味の要件である。でも、「重要な案件」のような意味も確かにある。今朝のメールの内容は、問題が解決されるべき期限が明日でありながら、まだその解決策が具体化されていないという意味で切迫した内容であったので、後者の意味で「要件」という言葉が使われることには問題がなさそうである。というよりむしろ、「用件」よりも「要件」の方が、選ばれるべき語彙としてより適切であるとさえいえる。取り急ぎの「ようけん」と書く場合、いくらその内容が大事でも「用件」の方が圧倒的に広く使われると思うのだが、「要件」を使った彼らの決断を、(別にそんな大げさな決心で用いられた言葉ではないにしても)私は好ましく思った。適切であるばかりでなく、本段落冒頭で述べた通り、こちらの方がずっと法学部的でもある。
日本語には同じ読みで違う漢字を当てる言葉が多くあるが、例えば厳密には「要件」であっても「用件」と書いて問題がないように、そこまで細かく概念化する必要は実際上はないのかもしれない。先日同じようなことを思ったのが、「特徴」と「特長」の違いである。厳密には「特長」と書くべきところでも、「特徴」といっても特に問題はないだろう。しかし、そうした「どっちでもいいこと」を選んで決断していくところから(意識的にせよ無意識にせよ)言葉との付き合いは始まるような気もしている。
院生協議会というのは、私が所属する大学院の研究科院生の自治会のような組織で、おそらく似たようなものが他の大学院にもあるのだろうと、よく知らないけど想像する。うちの院生協議会は、協議会規則から連絡メールの文体にいたるまで、際立って法学部的である。しかし、そうした「パロディ」にはだいたいの場合健全なアイロニーに基づく遊び心がうかがえるので(単なる杓子定規とか、あるいは「難しいことはよいことだ」という悲しい考えによるものではなくて)、私はどちらかというとそんな彼らのあり方を、(いつも海外にいるという言い訳で役職を回避してきた後ろめたさもちょっと作用して)尊敬している。
というわけで、院生協議会からのメールはときどきそのパロディめいた性格ゆえに面白いのだが、そこで先ほどのフレーズである。
「取り急ぎ要件まで」の「ようけん」に、「用件」でなく「要件」を用いているメールを、少なくとも私は初めて見た。
普通の使い方なんですか?
要件といえば、法学部的には「構成要件」とかの要件である。「なにかであるために満たすことが必要な条件」とかいう意味の要件である。でも、「重要な案件」のような意味も確かにある。今朝のメールの内容は、問題が解決されるべき期限が明日でありながら、まだその解決策が具体化されていないという意味で切迫した内容であったので、後者の意味で「要件」という言葉が使われることには問題がなさそうである。というよりむしろ、「用件」よりも「要件」の方が、選ばれるべき語彙としてより適切であるとさえいえる。取り急ぎの「ようけん」と書く場合、いくらその内容が大事でも「用件」の方が圧倒的に広く使われると思うのだが、「要件」を使った彼らの決断を、(別にそんな大げさな決心で用いられた言葉ではないにしても)私は好ましく思った。適切であるばかりでなく、本段落冒頭で述べた通り、こちらの方がずっと法学部的でもある。
日本語には同じ読みで違う漢字を当てる言葉が多くあるが、例えば厳密には「要件」であっても「用件」と書いて問題がないように、そこまで細かく概念化する必要は実際上はないのかもしれない。先日同じようなことを思ったのが、「特徴」と「特長」の違いである。厳密には「特長」と書くべきところでも、「特徴」といっても特に問題はないだろう。しかし、そうした「どっちでもいいこと」を選んで決断していくところから(意識的にせよ無意識にせよ)言葉との付き合いは始まるような気もしている。
5.29.2012
レフォルマン、さなぎからかえる―特に教訓のない話
自宅から大通りに出るまでの道のりに、比較的規模の大きい交差点が一つあるのですが、その付近の中央分離帯に「レフォルマン」がいます。いつもいるというわけではなく、平日の早朝から午後2時くらいまでいます。
「レフォルマン」というのはなにかというと、メキシコの主要紙の一つ「レフォルマ」を売っている人のことです。メキシコは、「人の動きの滞るところには経済が生まれる」という定理を地でいってるので、いくつもの道が交差していて赤信号で待つ時間が長いような交差点には、必ずといっていいほど新聞売りがいるのです。新聞売りだけでなく、他にもいろんな人がいます。果物売りとか、車のフロントガラス拭きとか、なにかパフォーマンスをやってお金をもらう人たちとか。でも、私にとってなぜか一番気になるのは、レフォルマンなのです。
レフォルマンがレフォルマンと呼ばれる(というか私が呼んでいる)所以は、もちろんレフォルマ紙を売ってるからではあるのですが、正確にはレフォルマ社が用意したらしい黄色と緑のつなぎのレフォルマン・スーツに身を包んでいるからです。太もものあたりにでっかい「REFORMA」のロゴが縦に入っています。遠くからでもすぐにわかる、彼こそはレフォルマンなのです。実は私は彼からレフォルマを買ったことは、記憶にある限り1度しかないのですが、毎朝彼がいつもの場所でいつものレフォルマンであることを確認し、安心します。
彼の仕事は、信号が赤になると、停車中のいわば上り線の車にレフォルマを売って歩くことです。彼の売り方には、なんというか、スタイルがあります。別にかっこよくはないのですが、ちゃんと自分の仕事を「支配」してる感がある。レフォルマンであることは、十中八九彼が第一志望に掲げた職業ではなかろうと思うのですが、彼の態度はあたかも彼が自分の自由意志によってそこにいるかのようなのです。
そんなレフォルマンがある日、レフォルマン・スーツを脱ぎました。私が昼過ぎに息子のお迎えにいくときには、だいたいいつもの場所で早朝に引き続きまだ新聞を売っているのですが、その日は珍しく早くにさばけてしまったのでしょう。つなぎ服を腰の辺りまで脱ぎ、中央分離帯の同僚たちと楽しげに語り合っているレフォルマンを目撃しました。つなぎの下に着ていたのは無地の焦げ茶色のTシャツでしたけど、これだけでだいぶ印象が変わるものですね。なんだかレフォルマンがいつもより男前に見えました(変身ヒーローが変身前に戻った状態)。レフォルマンの表情も、ずっと素に近い感じです。レフォルマン・スーツを脱ぐ瞬間が、彼がこちら側だかあちら側だかに帰っていく瞬間なのかもしれません。
明日もいるかな、レフォルマン。
「レフォルマン」というのはなにかというと、メキシコの主要紙の一つ「レフォルマ」を売っている人のことです。メキシコは、「人の動きの滞るところには経済が生まれる」という定理を地でいってるので、いくつもの道が交差していて赤信号で待つ時間が長いような交差点には、必ずといっていいほど新聞売りがいるのです。新聞売りだけでなく、他にもいろんな人がいます。果物売りとか、車のフロントガラス拭きとか、なにかパフォーマンスをやってお金をもらう人たちとか。でも、私にとってなぜか一番気になるのは、レフォルマンなのです。
レフォルマンがレフォルマンと呼ばれる(というか私が呼んでいる)所以は、もちろんレフォルマ紙を売ってるからではあるのですが、正確にはレフォルマ社が用意したらしい黄色と緑のつなぎのレフォルマン・スーツに身を包んでいるからです。太もものあたりにでっかい「REFORMA」のロゴが縦に入っています。遠くからでもすぐにわかる、彼こそはレフォルマンなのです。実は私は彼からレフォルマを買ったことは、記憶にある限り1度しかないのですが、毎朝彼がいつもの場所でいつものレフォルマンであることを確認し、安心します。
彼の仕事は、信号が赤になると、停車中のいわば上り線の車にレフォルマを売って歩くことです。彼の売り方には、なんというか、スタイルがあります。別にかっこよくはないのですが、ちゃんと自分の仕事を「支配」してる感がある。レフォルマンであることは、十中八九彼が第一志望に掲げた職業ではなかろうと思うのですが、彼の態度はあたかも彼が自分の自由意志によってそこにいるかのようなのです。
そんなレフォルマンがある日、レフォルマン・スーツを脱ぎました。私が昼過ぎに息子のお迎えにいくときには、だいたいいつもの場所で早朝に引き続きまだ新聞を売っているのですが、その日は珍しく早くにさばけてしまったのでしょう。つなぎ服を腰の辺りまで脱ぎ、中央分離帯の同僚たちと楽しげに語り合っているレフォルマンを目撃しました。つなぎの下に着ていたのは無地の焦げ茶色のTシャツでしたけど、これだけでだいぶ印象が変わるものですね。なんだかレフォルマンがいつもより男前に見えました(変身ヒーローが変身前に戻った状態)。レフォルマンの表情も、ずっと素に近い感じです。レフォルマン・スーツを脱ぐ瞬間が、彼がこちら側だかあちら側だかに帰っていく瞬間なのかもしれません。
明日もいるかな、レフォルマン。
5.23.2012
メキシコのルクセンブルク
私が大学院に入ったのは、ローザ・ルクセンブルクにはなれそうになかったからですが、つい2週間ほど前からメキシコ政治が面白いことになってきました。スローガンは、「目覚めよ、メヒコ! (México, despierta!)」です。
はじまりは、イベロアメリカ大学というメキシコシティの私立大学で行なわれた旧与党大統領候補者講演会で、同候補者に対する学生の激しい抗議運動が勃発したことでした。講演会というのも、はじめから講堂には旧与党シンパのみを集めておいて、質疑応答も事前に質問者と内容を決めておくというあからさまな「茶番」で、これにメキシコの独占メディアによる情報操作に対する憤りも加わり(メディアは旧与党候補者を支持)、イベロの学生たちを立ち上がらせたのでした。この「きっかけ」が起こってから、FacebookやTwitterを通じて文字通りあっというまに学生運動はメキシコ全土に広がりました。民主的なメキシコ、表現の自由のあるメキシコを求めて。「うねり」を起こす準備はとっくの昔にできていて、必要だったのは「きっかけ」だったわけです。
もしかしたら何かが変わるかもしれない。僕たち市民の多くが、「そうであるとすれば、今がそのときである」という認識を共有している。おそらくエジプトやチュニジアにも、同じ空気があったのだろうと想像できます(ローザ・ルクセンブルクのドイツ、ポーランドにも)。私が初めてメキシコに留学した2005年にも、似たような空気がありました。それは最終的には実らなかったのですが、その「うねり」を実感できたことや、それによって政治が確かに動いたことは、私のその後の研究に鮮やかな刻印を残したと思っています。
選挙も最後までわからなくなってきました。
メキシコは、目覚めるのだろうか。
はじまりは、イベロアメリカ大学というメキシコシティの私立大学で行なわれた旧与党大統領候補者講演会で、同候補者に対する学生の激しい抗議運動が勃発したことでした。講演会というのも、はじめから講堂には旧与党シンパのみを集めておいて、質疑応答も事前に質問者と内容を決めておくというあからさまな「茶番」で、これにメキシコの独占メディアによる情報操作に対する憤りも加わり(メディアは旧与党候補者を支持)、イベロの学生たちを立ち上がらせたのでした。この「きっかけ」が起こってから、FacebookやTwitterを通じて文字通りあっというまに学生運動はメキシコ全土に広がりました。民主的なメキシコ、表現の自由のあるメキシコを求めて。「うねり」を起こす準備はとっくの昔にできていて、必要だったのは「きっかけ」だったわけです。
もしかしたら何かが変わるかもしれない。僕たち市民の多くが、「そうであるとすれば、今がそのときである」という認識を共有している。おそらくエジプトやチュニジアにも、同じ空気があったのだろうと想像できます(ローザ・ルクセンブルクのドイツ、ポーランドにも)。私が初めてメキシコに留学した2005年にも、似たような空気がありました。それは最終的には実らなかったのですが、その「うねり」を実感できたことや、それによって政治が確かに動いたことは、私のその後の研究に鮮やかな刻印を残したと思っています。
選挙も最後までわからなくなってきました。
メキシコは、目覚めるのだろうか。
5.22.2012
シャルルといえば
ド・ゴールだろうか。それともボードレールか。
私はそのいずれにもあまり関係がないが(残念ながら)、フランスに行った友人はなんだかそんな感じの邸宅に仮住まいしているらしく、うらやましいかぎりである。
シャルルというよりはカルロスが優勢のメキシコシティで、昨日ちょっと山に登ってみた。うちの裏手にそびえる、アフスコ山である。メキシコシティで山に登るということは、必然的に3000メートル級の山登りをすることを意味する。そしたら変な虫に刺されて、今朝になって手首の内側がもこっと腫れた。うーん、フランスの田舎にはいなそうな虫である。虫も先進国と後進国を選ぶということか。
でも、山小屋で出してもらったメキシコ風煮出しコーヒー(cafe de olla)は美味しかった。シナモンとかのスパイスが効いていて、甘くとろっとしてて温まる。コーヒーを飲みながら、アメリカの作家が書いたノルウェーの話を読んでいたら、いったいここはどこだったっけとよくわからなくなってきた。
5.20.2012
夢
最近よく同じ主題の夢をみます。
その主題とは、「飛行機に乗り遅れそうで、すごく急いでいて、はらはらするのだけど、結局ぎりぎりで間に合う」というものです。
ざっとあらすじをいえばこれだけなのですが、実際一つ一つの夢の「様式」は違っています。例えば、昨晩みた夢では、どうやら都内のホテルに泊まっていて寝過ごしたみたいで、成田に向かうリムジンバスに慌てて乗ろうとするのだけど、あまりよく覚えてませんがいろいろ障壁があってなかなかバスに乗れない、フライトはあと3時間後に迫っている、で、はらはらするのですが、結局バスに乗れました。その前に記憶のある夢では、モスクワの空港みたいな空港(モスクワに行ったことは一度もありませんが、あれはモスクワをモデルにしているという確信がある。あ、でも、もしかすると深夜のJFKの第5ターミナルとかかもしれない)で迷子になっていて、荷物を引きずりながらはらはらしているのですが、結局飛行機に乗れたみたいで、座席がビジネスクラスみたいで快適でした。
今朝起きて、この主題の夢を最近よくみることに気づいたのですが、厳密に何回みたかは覚えていません。ぼんやり覚えている限りで、少なくとも今年に入って4回はみてると思いますが、4回同じ主題の夢といえばどう考えても多い気がします。
こういうことがあると、そこにシンボリックな何か以上の「暗示」を求めたがるのが人情というもので、これは予知夢だろうかなどと考えてしまうのですが、おそらく「公平性の観点」からすれば、逆の因果関係のもっともらしさについても考えておく必要がありそうです。つまり、「夢→(将来的な)現実」ではなくて、「過去の経験に基づく深層心理+疲れ→夢」という因果関係です。後者の方が圧倒的にロマンチックでないのですが(特に「疲れ」という要因などまったくロマンチックではない)、「公平性の観点」からは、妥当そうです。(なお、ロマンチックかそうでないかは、私にとって人生における幅広い選択の際の重要な基準の一つです。)
ようするに、私はいろんなことをぎりぎりで乗り切るところがしばしばあって、実はそれにけっこう疲れていて、こういう夢をよくみるのかもしれません。そして思うに、夢というのは一種の昇華なんですよね。デトックスともいえるかもしれない。もしかすると、なるべく覚えておいたりすることなく、どんどん夢をみた先から忘れて外に出していった方がいいものなのかもしれません。精神的な疲れや負担を、夢によって解放している側面は大きい気がします。おそらく夢をみることができなかったら、現実世界に何らかの代替行為を求める必要が生じてくるのではないでしょうか。そして、「ひとの夢」しか見ることができないのも、他人の老廃物を一手に引き受けることになるわけですから、苦しそうです。
「この世界は、たくまずして残酷でもある能力を、むやみに人に押しつける。持たされてしまったものを人が使いこなせるかどうか、世界の知ったことではない。」
・・・純文学と通俗小説の境目がやっぱりよくわからない。
その主題とは、「飛行機に乗り遅れそうで、すごく急いでいて、はらはらするのだけど、結局ぎりぎりで間に合う」というものです。
ざっとあらすじをいえばこれだけなのですが、実際一つ一つの夢の「様式」は違っています。例えば、昨晩みた夢では、どうやら都内のホテルに泊まっていて寝過ごしたみたいで、成田に向かうリムジンバスに慌てて乗ろうとするのだけど、あまりよく覚えてませんがいろいろ障壁があってなかなかバスに乗れない、フライトはあと3時間後に迫っている、で、はらはらするのですが、結局バスに乗れました。その前に記憶のある夢では、モスクワの空港みたいな空港(モスクワに行ったことは一度もありませんが、あれはモスクワをモデルにしているという確信がある。あ、でも、もしかすると深夜のJFKの第5ターミナルとかかもしれない)で迷子になっていて、荷物を引きずりながらはらはらしているのですが、結局飛行機に乗れたみたいで、座席がビジネスクラスみたいで快適でした。
今朝起きて、この主題の夢を最近よくみることに気づいたのですが、厳密に何回みたかは覚えていません。ぼんやり覚えている限りで、少なくとも今年に入って4回はみてると思いますが、4回同じ主題の夢といえばどう考えても多い気がします。
こういうことがあると、そこにシンボリックな何か以上の「暗示」を求めたがるのが人情というもので、これは予知夢だろうかなどと考えてしまうのですが、おそらく「公平性の観点」からすれば、逆の因果関係のもっともらしさについても考えておく必要がありそうです。つまり、「夢→(将来的な)現実」ではなくて、「過去の経験に基づく深層心理+疲れ→夢」という因果関係です。後者の方が圧倒的にロマンチックでないのですが(特に「疲れ」という要因などまったくロマンチックではない)、「公平性の観点」からは、妥当そうです。(なお、ロマンチックかそうでないかは、私にとって人生における幅広い選択の際の重要な基準の一つです。)
ようするに、私はいろんなことをぎりぎりで乗り切るところがしばしばあって、実はそれにけっこう疲れていて、こういう夢をよくみるのかもしれません。そして思うに、夢というのは一種の昇華なんですよね。デトックスともいえるかもしれない。もしかすると、なるべく覚えておいたりすることなく、どんどん夢をみた先から忘れて外に出していった方がいいものなのかもしれません。精神的な疲れや負担を、夢によって解放している側面は大きい気がします。おそらく夢をみることができなかったら、現実世界に何らかの代替行為を求める必要が生じてくるのではないでしょうか。そして、「ひとの夢」しか見ることができないのも、他人の老廃物を一手に引き受けることになるわけですから、苦しそうです。
「この世界は、たくまずして残酷でもある能力を、むやみに人に押しつける。持たされてしまったものを人が使いこなせるかどうか、世界の知ったことではない。」
ジョン・アーヴィング「ひとの夢」
・・・純文学と通俗小説の境目がやっぱりよくわからない。
そして人生の輪は続く
今日はメキシコの作家エレナ・ポニアトゥスカの80歳の誕生日らしいです。そして、4日前に逝去したカルロス・フエンテスの最後の手記が、彼女に宛てた誕生日のメッセージだったらしい、と今朝の新聞で知りました。"¿Pobre Princesa?"(貧しいお姫さま?)で始まるそのメッセージに、彼女がとても「豊かな」人生を送ってきたことがうかがえて、嬉しい気持ちになりました(ポニアトゥスカはポーランドの貴族の出なのですが、左翼を代表する知識人の一人です。この辺が、「貧しいお姫さま」という、ちょっと言葉遊びを含んだ表現につながっています。)メッセージの全文は以下の通り(すみません、スペイン語でそのまま)。
"¿Pobre Princesa? ¿O princesa pobre? Nada de eso: la ciudadana Poniatowska es nuestra y es rica: rica en afectos, rica por lo mucho que da y lo mucho que recibe ¡Rica princesa! Carlos Fuentes".
そして、今日が誕生日でもない息子は、スーパーで袋入りの風船を買ってもらってご機嫌です。今からふくらますのだそうです。だって、きょうはぼくのたんじょうびでしょ〜、って。
"¿Pobre Princesa? ¿O princesa pobre? Nada de eso: la ciudadana Poniatowska es nuestra y es rica: rica en afectos, rica por lo mucho que da y lo mucho que recibe ¡Rica princesa! Carlos Fuentes".
そして、今日が誕生日でもない息子は、スーパーで袋入りの風船を買ってもらってご機嫌です。今からふくらますのだそうです。だって、きょうはぼくのたんじょうびでしょ〜、って。
5.18.2012
ぼくがこの国にいる理由
外国に住んだことのある方にはうなずいていただけると思うが、外国に住んでいると「はぁ〜?」と思うことも日常的に多くあるものの、それでもそこに住み続ける理由は、その土地の素朴な人たちに親切にしてもらった経験があるから、というところが大きいのではないだろうか。その国を好きになるも嫌いになるも、結局のところ「人」なのである。
スリに遭うとひどく落ち込むし、挑発的な運転手にクラクションを鳴らされると腹も立つ。雨のたびに停電になるなんて、これでOECD加盟国だなんて笑わせる、と悪態をつくこともあるさ。アメリカにいたときには、すべてが功利主義的に動いている資本主義経済の成れの果てにいささか閉口したものだった(この国では「親切」にもお金がかかるのか!)。アルゼンチンの税関の腐敗ぶりはすごくって、日本から来る小包になぜか50%の関税をかけられたりもしたし。
それでも、その土地の人の小さな温かさに接するだけで、なんだいい国じゃん、って思うんですよね。道ばたとかで、なんだけど。だから、嫌なことがあったらそれだけなおのこと、その辺のおばちゃんと世間話をすることが心の快復に一番効果的だと思っています。その国のことを好きな気にさせてくれる人たちというのは往々にして、全然偉くて立派な人とかではなく、オーディナリィで、「素朴で」(sencillo)、そして「疲れを知らない」(incansable)人たちであることが多いんですよね。
研究についても同じかもしれません。
私はこれまでハクロン関連で、メキシコ・アルゼンチン・ウルグアイの政治家や保険会社の社長、それから労働組合の人たちなどに、インタビューをしたり、調査に協力してもらったりしてきたのですが、ラテンアメリカでは日本よりもずっとまだまだ「階級」が生きていて、これらの人々の社会的階級も、思想的な背景も、実にさまざまなものでした。中には、私が信じているものと必ずしも意見の一致を見ない人たちもたくさんいたわけですが、それでも、これまでインタビューをしたうちで嫌な印象をもった人は一人もいません。むしろ、ああ、それも正しいな、といつも思う。保守でも革新でも、突き詰めれば一緒だといつも思う。みんな自分の国のことが好きな人たちで(文句をいうときにすらそれが伝わってくる)、そういう人たち自身の魅力を通じて、私はその国に恋をしてきた気がします。だいたいインタビューを承諾してくれる人というのは、極東から来たハポネシータのくだらない質問に時間を割いてくれる奇人たちばかりなわけで、そういう何の得にもならない「非合理的な」選択をする人たちは、やはり何かしらの信念をもって動いていることが多いんですよね。
インタビューなどでいろんな人と知り合って話をしたことで、私はこの3か国のことをそれだけよけいに好きになりました。私は非常に人見知りなので、インタビューの前は決まっておなかが痛くなるのですが(いまだに)、インタビューを終えた後には必ずやってよかったなと思います。
結局、人、なんですよね。
私のハクロンが完成してくれる日がくれば、それはこれらの「疲れを知らない人たち」に捧げられることになるだろうと思います。
スリに遭うとひどく落ち込むし、挑発的な運転手にクラクションを鳴らされると腹も立つ。雨のたびに停電になるなんて、これでOECD加盟国だなんて笑わせる、と悪態をつくこともあるさ。アメリカにいたときには、すべてが功利主義的に動いている資本主義経済の成れの果てにいささか閉口したものだった(この国では「親切」にもお金がかかるのか!)。アルゼンチンの税関の腐敗ぶりはすごくって、日本から来る小包になぜか50%の関税をかけられたりもしたし。
それでも、その土地の人の小さな温かさに接するだけで、なんだいい国じゃん、って思うんですよね。道ばたとかで、なんだけど。だから、嫌なことがあったらそれだけなおのこと、その辺のおばちゃんと世間話をすることが心の快復に一番効果的だと思っています。その国のことを好きな気にさせてくれる人たちというのは往々にして、全然偉くて立派な人とかではなく、オーディナリィで、「素朴で」(sencillo)、そして「疲れを知らない」(incansable)人たちであることが多いんですよね。
研究についても同じかもしれません。
私はこれまでハクロン関連で、メキシコ・アルゼンチン・ウルグアイの政治家や保険会社の社長、それから労働組合の人たちなどに、インタビューをしたり、調査に協力してもらったりしてきたのですが、ラテンアメリカでは日本よりもずっとまだまだ「階級」が生きていて、これらの人々の社会的階級も、思想的な背景も、実にさまざまなものでした。中には、私が信じているものと必ずしも意見の一致を見ない人たちもたくさんいたわけですが、それでも、これまでインタビューをしたうちで嫌な印象をもった人は一人もいません。むしろ、ああ、それも正しいな、といつも思う。保守でも革新でも、突き詰めれば一緒だといつも思う。みんな自分の国のことが好きな人たちで(文句をいうときにすらそれが伝わってくる)、そういう人たち自身の魅力を通じて、私はその国に恋をしてきた気がします。だいたいインタビューを承諾してくれる人というのは、極東から来たハポネシータのくだらない質問に時間を割いてくれる奇人たちばかりなわけで、そういう何の得にもならない「非合理的な」選択をする人たちは、やはり何かしらの信念をもって動いていることが多いんですよね。
インタビューなどでいろんな人と知り合って話をしたことで、私はこの3か国のことをそれだけよけいに好きになりました。私は非常に人見知りなので、インタビューの前は決まっておなかが痛くなるのですが(いまだに)、インタビューを終えた後には必ずやってよかったなと思います。
結局、人、なんですよね。
私のハクロンが完成してくれる日がくれば、それはこれらの「疲れを知らない人たち」に捧げられることになるだろうと思います。
5.16.2012
みみをすませー ららら
なりきりヒーローの息子氏ですが、相変わらず彼が好きなのは、長靴をはいたネコと鉄腕アトムと三銃士。たぶん、この順番に好きです。長靴をはいたネコに関しては、手作りのなりきり仮装セットがあって、だいぶ面白いのでそのうち写真をアップします。上の写真はアトムせんせいのまねっこ(よく見ると、画面に映るアトムと同じポーズをとっています)。背中についてるのは「マント」ですが、ご案内の通りアトムにマントはありません。アンパンマンとか、他のヒーローがいろいろまざっているようです。
ママはというと、申請書が無事に終わったのでハクロンに戻ってきました。最近、論文というのは、「宣言」と「定義」でほとんどが決まるのではないかという気がしています。もしかすると当たり前かもしれないし、もしかすると全然違うかもしれませんが。「この二本の直線は平行で永遠に交わらないこととする」って、初めに言ってしまわないといけない。論文は、手品でも小説でもないので、先に種明かしをやらないといけないのです。ロマンチックじゃないよなー。
5.14.2012
ブエノスアイレスの視覚的思い出
夏のブエノスアイレスといえば思い出すのが、ブエノスっ娘たちのサマードレスである。
私はそれまで、小説などに出てくる「サマードレス」というものを具体的に思い描くことができなかった。ワンピースとなにが違うのか、よくわからなかったし。ブエノスアイレスの彼女たちの着こなしを見て、なるほどこれがサマードレスというものか、小説家たちがサマードレスと騒ぎ立てる意味もわかる、たしかに素敵だ、と合点がいったのである。
夏のブエノスアイレスは、サマードレスで溢れていた。彼女たち(とサマードレス)に共通する特徴を抽出した結果、サマードレスの条件は3つ。第一に、サマードレスはノースリーブで、丈は膝上10センチ程度でなければならない。第二に、サマードレスには素足にサンダルでなければならない。第三に、これがサマードレスのサマードレスたるゆえんであると思うのだが、それはまるで初めから彼女のためにあつらえられたかのように、体にしかるべくフィットしていなければならない。この3点をクリアできれば ―サマードレスの本質にかかわるのは特に3点目であるが― それはもうサマードレスということになる。
今でも思い出すのは、ミクロセントロ方面に向かうバスの中で見かけた彼女のサマードレスである。白い綿生地に大きな花のプリントが印象的なサマードレスだったのだが、間違いなくあれは、「彼女のためのサマードレス」だった。無造作にまとめられた髪もサマードレスにとてもよく馴染んでいて、すごく暑い日だったのに、彼女のまわりだけ涼しげな時間が流れていたなあ。
実はもうすぐブエノスアイレス(とモンテビデオ)に行くのだが、今回は夏ではなく、あちらの季節は冬である。ハクロンがかかっているので、一生懸命頑張って調査をしなければならないのだが、なにより久しぶりの一人旅というところが一番の楽しみである。一人旅で目的地がブエノスアイレスとモンテビデオ、というところもよい。そして、一人旅で冬、というところもすごくよい。あのカフェに行って、あの本を読もうと、今から心を踊らせている。
私はそれまで、小説などに出てくる「サマードレス」というものを具体的に思い描くことができなかった。ワンピースとなにが違うのか、よくわからなかったし。ブエノスアイレスの彼女たちの着こなしを見て、なるほどこれがサマードレスというものか、小説家たちがサマードレスと騒ぎ立てる意味もわかる、たしかに素敵だ、と合点がいったのである。
夏のブエノスアイレスは、サマードレスで溢れていた。彼女たち(とサマードレス)に共通する特徴を抽出した結果、サマードレスの条件は3つ。第一に、サマードレスはノースリーブで、丈は膝上10センチ程度でなければならない。第二に、サマードレスには素足にサンダルでなければならない。第三に、これがサマードレスのサマードレスたるゆえんであると思うのだが、それはまるで初めから彼女のためにあつらえられたかのように、体にしかるべくフィットしていなければならない。この3点をクリアできれば ―サマードレスの本質にかかわるのは特に3点目であるが― それはもうサマードレスということになる。
今でも思い出すのは、ミクロセントロ方面に向かうバスの中で見かけた彼女のサマードレスである。白い綿生地に大きな花のプリントが印象的なサマードレスだったのだが、間違いなくあれは、「彼女のためのサマードレス」だった。無造作にまとめられた髪もサマードレスにとてもよく馴染んでいて、すごく暑い日だったのに、彼女のまわりだけ涼しげな時間が流れていたなあ。
実はもうすぐブエノスアイレス(とモンテビデオ)に行くのだが、今回は夏ではなく、あちらの季節は冬である。ハクロンがかかっているので、一生懸命頑張って調査をしなければならないのだが、なにより久しぶりの一人旅というところが一番の楽しみである。一人旅で目的地がブエノスアイレスとモンテビデオ、というところもよい。そして、一人旅で冬、というところもすごくよい。あのカフェに行って、あの本を読もうと、今から心を踊らせている。
5.08.2012
ちょっと選挙のこととか
地震が増えたり、火山灰が降ってきたり、終末の様相を呈してきたメキシコシティにまだ住んでいる桃亀です、おひさしぶりです。
なんか近くの火山が活動を活発化させてるんですよねー。
噴火したら、近隣の村々は間違いなくポンペイ状態になるらしいですけど、メキシコシティにどのような影響が出るのかはよくわかりません。麻薬問題も泥沼化だし、ぜんぜん景気のいい話のないメキシコですが、みんなそれなりに小さい幸せを見つけながら日々タコスを食べて生きてます。
そんなメキシコで、もうすぐ選挙なんですよー。
それに先立ち、先日メキシコ全土で「こどもせんきょ」なるものが実施されまして、15歳以下のこどもたちが投票しました!むすこはまだチビっこなので、「ぼくのおうち」をテーマに絵を描いて投票しました(これも実は、社会格差などを浮き彫りにする意図的なテーマなんですが)。6歳以上は、アンケート用紙みたいなのに無記名で答えて投票するのですが、内容を見たところけっこう過激です…。
たとえば、
「家族の誰かや学校の先生があなたの体を強引に触って、その後誰にもいうなと言われたことがありますか?」
とか、
「近所で銃撃戦を見たり、その音をきいたりしたことがありますか?」
とか。
後者は麻薬関連なんですよね…。地方の治安はかなり悪化していて、白昼銃撃戦(マフィアどうしとか、マフィア対陸軍とか)も日常茶飯事です。かつてラテンアメリカでボゴタ(コロンビアの首都)の次に危ないといわれたメキシコシティが、今メキシコでもっとも安全な街といわれているくらいなのです。
この「こどもせんきょ」の結果は数週間で選管がまとめて公表し、大統領候補者たちにそれぞれこどもたちへの公約を述べさせるみたいです。
ちなみにオトナの選挙では、昨晩大統領選候補者4人のテレビ討論がありました。まともな人が見れば、今回の選挙は(も)大いなる消去法選挙か・・・という感じでしたが、今までのところ旧与党が返り咲くのではないかという認識が一般的です。このあたりも終末感を増すのに一役かっている、ここ最近のメキシコです。
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