
図書館からの帰り道,118番バスの中で,隣に座り合わせた老齢のセニョーラが突然,
―あら,なんてこと。間違ったバスに乗ってしまったわ。
そこから,彼女の壮大な(ほぼ)独り言が始まった。
―だいたいこんなことになったのも,考え事をしていてぼーっとしていたのがよくないのね。朝からずっと,腹が立ってしょうがないことがあって。まさに「注意散漫」(dispersion)ってやつね。何に腹が立ってるのかって?そりゃあなた,妊婦に手当が出るっていうあの政策よ。街のいたるところで道路が封鎖されてるのもおおいに迷惑。ほんとにこんなの文明国だったらありえないことよね。私なんかね,今人生初の貧困時代なのよ。以前はよかったわ。月の収入も13000ペソ(27万円くらい)あって,あの頃はいつも一級ブランド店で服を買ったりしてたわよ。お金に困ったことなんかなかった。それがいまや月5000ペソ(10万円強)の年金生活よ。信じられる?食費があって,光熱費だって上がってるし,これでどうやって生活しろっていうのかしらね。昔はいい服着てたけど,今はこんなのしか着れないし(注。彼女の服装は簡素なものでしたが,それでもいたるところにおしゃれの工夫が感じられたし,なによりとてもいい香りがする女性でした)。昔はレストランにもよく行ってたわね。今はカフェが人でいっぱいでしょう。なぜかって,レストランで食事するのは高すぎるから,みんなせめてコーヒーや軽食を楽しもうってカフェに行くのよ。ほんとにね,私も早く「行って」しまいたいけど,そういうわけにもいかないのよ。まだね。神様からお呼びがかかるまではね。ほほほ。あら今何番地?まあいやだ,別のに乗り継ごうと思ってたのに,乗り過ごしちゃったわね。
とそういうと,彼女はおもむろに席を立ってバスを降りてしまいました。
私が年金制度を勉強していることを知ってて,こんな話をしてくれたのかしらとびっくり。
ジュリエット・ビノシュが出てる「パリ」という映画で,心臓病を患ったその弟が,パリは健康な人間のものだ,彼らは自分たちが幸福であることに気づいてない,パリはどうだと文句を言いながら,そういう風に文句を言えることが幸せなことだと気づいてない・・・というような台詞を言うシーンがありましたが,このセニョーラもアルゼンチンはどうだ,年金生活はどうだと言いながら,それをどことなく楽しんでいる風なところがありました。それも彼女の場合は,そういう文句を言えていることの幸せさに気づいているのだなと思いました。
写真はうちの窓から見た夕焼け。
こうして見ると,東欧旧共産圏を思わせる風景です・・・。
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