11.24.2011

博論ノート一考


歴代の博論ノートです。

だいたいモレスキンの単行本サイズを愛用しているのですが、アルゼンチンやメキシコでちょうどそのサイズが見つからなかったりすると、文庫本サイズや薄めの補助ノートを糊でくっつけて使ったりもしています。ちなみに、罫線や白紙よりも格子タイプの方が好きですが、最近以前よりも格子線が濃くなってしまってがっかり。思考を遮らない程度の控えめな線がよかったのに。薄いタイプも残存しているのでしょうか。

私は、書きながら考えるのが好きです。書いていると、いいアイデアが浮かんできます。ちなみに脱線しますが、大学入試のときも、国語や英語の長文では、いったん文章を全部読んで全体像を把握してから問題を解くことはせず(高校ではこうしろと習いましたが)、読みながら順番に問題を解いていた記憶があります。この方が、書きながら考えるタイプの私には効率がよかったです(そもそも良い問題というのは、定義上読解を助けるためのものである必要があり、であるとすればなおさら、解きながら読んだ方が効率がいいに決まっていると思います)。ただし、大学入試と博論は、後者には正解がないという点で明らかに違いますが。

これらのノートたちには、2008年頃に博論のテーマを具体化させて以来のアイデアや、聞き取り調査の内容がすべて詰まっているので、ものすごく大事です。飛行機に乗る時ももちろん手荷物ですが、一度だけ、うっかりスーツケースに入れてしまって、フライトの間中気が気でなかったことがあります。

ぼんやりとしたアイデアを触知したら、とりあえず書いてみます。最近では、研究者でもノートはパソコンでとる人が増えているみたいですが、やっぱり私には、「ぼんやり」を目に見える形にする際に、手で書くということは大事なようです。

新しいノートの表紙の裏には、いつもそのときに思いついた論文の目標を書いています。最近はだいたいいつも一緒で、「丁寧に。」です。
時にものすごく孤独な作業において、歴代のノートたちは、心から信頼のおける友人である気がします。

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