「はくろん終わったらやる」が、あらゆることへの免罪符となっている今日この頃な桃亀です、こんばんは。ちゃんと元気です。
今日大学で「題目届」を出してきました。「はくろん出します。今月。」と予告しとくためみたいです。優しい大学院係のおねえさんが受理してくれました。
話はとびますが、最近駅前にあるデパートでやたらと「くまのクッキー」とか見かけるので何かと思ったら、「ホワイトデー」なんですね。2年くらいこの時期日本にいなかったもので忘れてました。まあもちろん、なんと商業的なと冷めた目で見ることもできるのですが、私はどちらかというとホワイトデーという催しの日本らしさが気になりました。「もらったらちゃんとお返ししましょう」が制度化されているのって(ここでの制度とは、インフォーマルな規範のようなものを想定しています)、とても日本らしいなあと思って。
ちょっと違う次元でもアナロジーが可能かもしれません。日本はどちらかというと、「私も我慢するから、あなたにも我慢をお願いしたい」という文化ですよね。そういうところの公平さを求める意識は、他の国に比べてかなり強いのではないかと思います。この「公平さ」の意識は、権利意識にもつながっているように見えます。例えば卑近な例ですが、「私はわざわざ始発電車を選んで、10分ホームで待って電車に乗ったのだから、座る権利がある」みたいな。日本の若者は、経験的に言って、アルゼンチン人の若者の10分の1もお年寄りに席を譲りません。
一方、私が住んだことのある外国はだいたい、「私も好きなようにやるから、あなたも好きなようにやってね」という文化です。近所で夜更けまでフィエスタ(ホームパーティ)が行なわれる場合、うるさくて安眠できないことになります。ただし自分に寛容な分、他人にも寛容です。与える量と受け取る量が違っても、そんなことはちっとも気にしません。
無論、どちらがよいという話ではないですが、どちらについても、それぞれの対極にある文化の存在を認識して、自国の規範を相対化すると、より素敵に生きられる気はします。
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