2.04.2008

読書感想文と

伊坂幸太郎のゴールデンスランバーを読んだ。年明けに東京に住む友達がだるまのついた白手ぬぐいと一緒に送ってくれたものだ。はじめの50ページになんと1週間かかり,残りの200ページは一日で読まずにはいられないスピード感だった。

個人ではなく,もっと大きななにか。どこまでたどっても実体のないねっとりしたものにしか行き着かないような,すべての者がその存在を実感し,それを信じて疑わないにもかかわらず,決してたどりつくことのできない,実体というよりもむしろ流れ・運動・力学にちかいものなのかもしれない。それを政治権力と呼んでしまうのは,いささか単純すぎる気もする。それはもっと人間の深層心理に根ざした,深く暗い力だ。ユダヤ人の虐殺の原因をヒトラー個人に帰することは容易だが,そこに幹部を含む当時の人々の意識を支配したもっと大きな流れの存在を認めない限り,あのような恐るべき殺戮が行なわれえた理由は理解できないと思う。逆にいえば,実行可能性を考えることさえ馬鹿げていると思えるほどの何百万単位の虐殺が,このねっとりした力の手にかかっては実際に行われうるのである。ここには上からのインドクトリネーションにあるいは触発された,下からの現実の合理化が少なからず関係しているのではないかと思っている。そして,無意識のうちに自分もこうした合理化を行なう市民になりうるという,そんな恐ろしい事実を突きつけられたような気がした。この小説を読みながら。

なにげにけっこう大きなテーマを扱っている小説,おすすめです。あきらかにフィクションだと思う一方で,そんなフィクションまがいの歴史が繰り返されてきた事実にも新鮮に行き当たる。

ところで,この小説を読みながら,年末にメキシコで観た映画,エイリアンを思い出した。エイリアンとその敵に追われて行き場をなくした人々が,連邦政府だったか軍だったかに助けを求めるシーン。政府は,救助隊を派遣するからと,街の中央広場に住民を全員集めるように指示する。そこで一人の男が,「俺たちを助けるのに中央広場に集めるなんておかしい。敵をおびきよせて,住民ごとみんなまとめて処理する気なんじゃないか」と言う。別の女性が,「いや,でも,政府が私たちをだますわけないし,きっと助けに来てくれるはずよ」と言う。

そこで映画館中に大爆笑が起こる。
笑うところか??!

このせりふがジョークになるのは,さすがだと思った。 (国民の味方であるべき)政府が,国民を傷つけるわけがないという「ナイーヴな」考え方に,メキシコ人はユーモアを見出したらしい。
ここでは伊坂のこの小説も,あまり新しさをもって迎え入れられないかもしれない。

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