2.03.2008

ワシントンを作るもの

ワシントンDCを旅した。
スペイン人の歌手,アレハンドロ・サンツのライブがあったため。マルセとヘススと私の三人,ニューヨークを経由し,通称「チャイナタウンバス」に揺られ,6時間半かけて到着。

ニューヘイヴンからDCにはアムトラックが走っているのだけど,往復300ドルという法外な値段設定のため,実用性はあまりない(少なくとも学生にとっては)。その点,NY-DC間を走るバスは往復35ドルとたいへんお得だ。リンカーン的にいえば,チャイニーズが運営するチャイニーズのためのチャイナタウンバスは,その名の通りNYのチャイナタウンとDCのチャイナタウンを結ぶ。ただし,チャイニーズ以外もこの恩恵にあずかることができる。

DCの印象を表す熟語を並べると,清潔・教養・人工・記憶・政治・象徴・権力etc.という感じ。細部までコントロールされた整然さが街に行き届いており,NYのような混沌が見当たらない。人々はニューヘイヴンおよびNYより一般に親切である印象を受けた。市民みな外交官,というか,ここでは外部の者がDCを気に入ってくれているかが人々の関心にあるような気がする。NYでは絶対に得られない印象だ。

また,ここは記憶と象徴の街でもある。独立・建国にかかわった人々の肖像や,すべての戦争にまつわるモニュメントがいたるところに散在する。
"For those who served."
全体主義のトラウマの残る日本では難しい表現だ。

次の日は,ジョージタウン大学で学ぶ連ちゃんに会うことができた。無精ひげをはやした彼は,東京にいたころよりも少したくましくなった感じ。日本食やでお弁当を食べた後,ナショナルギャラリーオブアーツとNASA博物館めぐりに付き合ってくれた。NGoAは平日のためかがらがらにすいていた。とりあえず巨匠の絵が無造作にぽんぽん置かれていて,近づいてもぴーとかならないし,非常に気に入った。しかもこれが入場料タダだというから驚きだ。ゴッホの青をあんな間近でみたのは初めてだったけど,こんなの部屋にあったら気が狂うんじゃないだろうかと思う。

真夜中1時過ぎにニューヘイヴンに着き,うちに帰ってきたという感覚を覚える。ほかの街に行くことで,それまでよそよそしかったこの街がもっと身近に感じられるから不思議だ。メキシコシティにはじめて住んだときも,ケレタロの帰りに同じ感覚を経験したことを思い出す。人間はやはり,便宜的にもどこか「帰る場所」を定義せずにはいられない存在なのだろうと思う。

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