4.04.2012

哲学は生活の対義語なのか?

「扇風機の裏側に風がこないのと同じように」という比喩も使いたいけれど、そんな機会もなかなかあるものではない桃亀です、おはようございます。イースター休暇ということで、息子の従兄弟たちの住む田舎に来ています。いきなり暑い。メキシコ湾岸の長い夏です。

昨晩シャワーをあびようとしたら、蛇口をひねったところで目の前に大きなゴキブリがいることに気づきました。ハダカ対ゴキブリ。これはもう勝ち目なしなので、とりあえずそそくさと脱いだばかりの服を来て、義母に助けを求めました。彼女はちょっと恥ずかしそうに笑うと、シャワーカーテンをシャーっとひいて、手でゴキブリを払うと、床にひっくり返ったその昆虫を踏みつぶし、「有機ゴミ」となった物体を素手で拾い、なにごともなかったかのようにバスルームを去っていきました。所要時間、3秒。

その一連の無駄のない動きに、鮮やかな生の感動を覚えた私です。ゴキブリひとつ処理できないで、人生について語る資格などないなと反省しました。なんというか、われわれは、いい意味でも悪い意味でもヒマなんですね。もっと足が地についた人たちからすれば、なにをムツかしいことをごちゃごちゃと、という話です。結論はまあやはり、そういうこともあると気づいた上で、腰の低い態度で哲学しなければならない、というところでしょうか。

息子はいとこのエステバンと毎日一緒で幸せそうです。写真を落とせたら更新します。

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