学部生向け日本語クラスの小テスト採点を手伝ったところ,こんな問題があった。
「下の8コマの絵を見て物語を想像し,日本語で書きなさい」
描かれている物語は,かの有名なヘンゼルとグレーテル。
先生も,これならみんな知ってるだろうと思って出したらしいのだが,特に教室の約4分の1を占める中国人学生にはなじみのない話だったようで,みんなほんとに好き勝手に書いている。中には「おまえ,ねらっただろ」っていうのもいくつかあったのだけど(例えば,お菓子の家に住んでいたのは魔女ではなく山田さんだった,とか),うんと考えた結果こんな話になりました,という傑作も多く,なかなか楽しい採点であった。個人的に面白かったもので例えば,「お父さんとお母さんは最近別荘であるお菓子の家から変なにおいがするので,子供たち(ヘンゼルとグレーテル)に頼んで見に行ってもらった」とか,「魔女は子供たちを助けようとしただけなのに,疑い深くあくどい子供たちの手にかかり焼け死んでしまった」とか,「実は両親と魔女がグルで,子供たちを煮込んだスープを作ってもらおうと魔女に頼んだ」とか。
ところでオリジナルの話について思い出せないのは,そもそも二人はなぜ森に行ったのか,ということ。①食べ物を探しに行ったのか,②両親が連れて行って意図的に置いて帰ったのか(捨て子),③捨てられる可能性に気づいて自発的に森に逃げたのか,答案にはいずれも見られたのだけど,どうしても思い出せずにいる。たしか①だった気がするのだけど,捨て子説の怖い話だったような気もしないでもない。
ところで今日,言語学の学者が,英語には6万語の語彙があるが,一般的アメリカ人はそのうち約5000語で日々の生活を送っている,実際には1500語あれば,すべての意思を伝えることができる,という話をしていた。日本語も同じくらいなのだろうか。実際自分はどれくらいの語彙を用いて生活しているのだろう。おそらく,聞いたり読んだりしてわかる言葉の半分も使っていない気がする。それはとてももったいないことで,たとえ1500で事足りるにしても,本当の言葉との付き合いはそこから始まるような気がするのだった。日本語を習う諸君もがんばってもらいたいものだ。英語と西語を学ぶ私も。
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