6.17.2008

事実は小説よりも

マイケル・ムーアのSickoを観た。アメリカの医療保険制度について扱ったドミュメンタリー映画。ムーア自身が語りかける。「ほかの国にできていることが、なぜアメリカにできないのか」。

アメリカには国民皆保険制度がない。(一部の高齢者および障害者医療を除いて)公的医療保険がないので、人々は民間の保険会社を利用している。しかし、保険料が高くて払えない人や、何らかの疾病を有するために加入できない人など、医療保険を持たない人口は5000万人に達するらしい。実際イェールの学生にも、家族が医療保険に入っていないと話してくれた人がいた。また、保険に加入していても油断できない。病院に行く前に事前に保険会社の許可がおりないと医療費を償還してもらえなかったり、保険会社との提携のある病院でしか診てもらえなかったり、治療に必要な手術などを申請しても「効果が確実に見込めない」との理由から却下されることもある。

映画を観ていて、アメリカの医療保険制度は、営利基本の資本主義の弊害が見事に現れた事例である気がした。保険会社は自己の利益を増幅させるために、なるべく支払い拒否の理由を見つけようとする。結果、保険会社はその資産を増し、診療拒否に協力的な医師の評価が上がることになる。医療サービスは必要に応じてではなく、患者の資産に応じて供給される。

もちろん、いかにも悪徳なこの医療保険制度の描写には少し偏りがある気がしないでもなかった。民間の保険によって救われた命もあるだろうし、また、イェール大学にもあったが、民間NGOなどが保険を持たない人や移民に、無料または廉価で医療サービスを提供するようなシステムも地域ごとにあるようだ。しかし、システム全体の根幹的な問題を怖いほどありありと描き出した点で、やはりこの映画の功績は大きいのではないかと思う。

人は健康なときにはそのありがたさを日々実感することを忘れ、また医療費に関しても漠然とした認識があるだけで自分とは関係のないものと思って過ごしている。これは至極普通のことだと思う。体を壊したときに初めて、健康であることのありがたみを実感し、治療や薬にかかるお金についても不安を抱くことになる。病気のときに、安心して医療サービスを受けられ、治療に専念できる環境にあること。健康なときに個人で備えをしておくことが難しいからこそ、こうした環境を少しでも整えておくのは政府の役目なのではないだろうか。もちろん政府は、制度の透明度を増し、より国民の信頼に応える制度を作っていく必要があるだろう。

かくいう私もここメキシコでは、日本ではちょっと考えられないくらい高い保険料を払い、民間の医療保険に加入している。メキシコはメキシコで医療制度の問題は大きいのだが、それはさておき、たとえ制度に無駄や不足があるとはいえ、日本の医療保険や生活保護などの制度は、あるだけマシである気がしてくる。必要に応じて病院に行けるなんてすばらしい。自分やその家族が、病気になったときの心配をすることなく平穏に暮らすことは、皆に認められるべき最低限の権利であるはず。世界的にみてこの達成は簡単ではないが、いい方向に向かっていると信じたい。

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